はやみねかおるが厳選 ぼくをジュブナイルミステリー作家に育てた新潮文庫3冊

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク
  • シャーロック・ホームズの冒険
  • 笑うな
  • 生者と死者

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ぼくをジュブナイルミステリー作家に育てた新潮文庫三冊

[レビュアー] はやみねかおる(小説家)


はやみねかおるさん

累計360万部突破の「夢水清志郎」シリーズや、2021年に実写映画化された「都会のトム&ソーヤ」シリーズなどを手掛けるはやみねかおるさんが、影響を受けた新潮文庫作品を紹介。

はやみねかおる・評「ぼくをジュブナイルミステリー作家に育てた新潮文庫三冊」

 どうも、はやみねかおるです。

 児童向け推理小説を書くのを生業としています。

   ☆

 ぼくは、小さい頃から本が好きでした。

 身の回りにある本を、片っ端から読んでいました。

 年の離れた兄が二人いるのが幸いでした。彼らの本棚には、小学生ではなかなか手にする機会の無い“文庫本”というものが、わんさか溢れていました。

 次に紹介する「新潮文庫の三冊」――。

 田舎に住んでた本好きの少年がプロの物書きになるにあたり、どのような影響を受けたかという視点で選んだものです。

 この三冊を読めば、ひょっとするとジュブナイルミステリー作家になれる……かもしれません(そんなこと関係なく、三冊ともおもしろいんですけどね)。

   ☆

 シャーロック・ホームズに出会ったのは、子ども向けの『世界名作全集』に収録されていた『まだらのひも』です。同時に、それがミステリーとの出会いでもありました。

“名探偵”という存在に、度肝を抜かれました。もっと、ホームズの話を読みたいと思いました。しかし、『世界名作全集』には三編しか収録されていません。

 そんなとき、兄の本棚で見つけたのが『シャーロック・ホームズの冒険』です。

「『世界名作全集』より、遥かに小さくて薄い本なのに、十編も入っている!」

 ……今思えば、コストパフォーマンスにうるさい小学生でした。

 ホームズの物語には、ミステリーの基本的なおもしろさが全て詰まっています。天才的な名探偵、魅力的な謎、わくわくする捜査、意外な犯人、論理的思考に基づいた推理と解決――。

 マイ・ファースト・ミステリーがホームズ譚だったことは、ものすごい幸運です。

 そして、バカな少年は無謀にも思ったのです。「ひょっとして、自分にも書けるんじゃないか?」と――。

   ☆

 以前、小学校の先生をしていました。もし、クラスの子どもたちに、「タイムマシンが登場するお話を考えましょう」と言ったら、どんな物語を出してくるでしょうか?

 未来へ行って、進んだ文明を楽しむ話? 過去へ行って、恐竜や侍を見たりする話?

 本をたくさん読んでいる子なら、「親殺しのパラドックス」に挑戦するような話を考えたりするかもしれません。

 しかし――。

 もし、この『笑うな』のような物語を考えてくる子どもがいたら……。

 その子は、天才か筒井康隆本人です。

 この『笑うな』というショートショート集を読んだのは、高校一年生ぐらいのときです。

 その頃のぼくは、SF(もどき)やミステリー(もどき)の作品をいくつか書いていました。ショートショート(もどき)も、百本以上書いていました。

 ――ひょっとして、このまま書き続けたらプロになれる?

 そんな、砂糖菓子をメイプルシロップで煮込んだような甘い考えを、『笑うな』は一瞬で打ち砕き、世の中には“天才”というものが存在するという、キャロライナ・リーパーのような辛い現実を教えてくれました(キャロライナ・リーパーは、種ごと食べると死ぬとすら言われている唐辛子です)。

   ☆

 時は流れ、ぼくは小学校の先生になり、幸運に恵まれてプロの物書きにもなりました。

 しかし、最も幸運だったのは、『そして五人がいなくなる』というミステリーを書いた後に、泡坂妻夫の『生者と死者―酩探偵ヨギ ガンジーの透視術―』に出会ったことです。

 もし、『生者と死者』を先に読んでいたら、あまりのレベルの違いにミステリーを書くことはできなかったでしょうから――。

 元々、泡坂妻夫の本は大好きで、全作品を追っかけていました。「いつか、泡坂先生のような、読者を驚かせるミステリーを書きたい!」という野望も、持っていました。

 しかし、『生者と死者』を読んで、その野望は砕かれました。これ以上の衝撃を読者に与えるのは不可能だ――そう思いました。

 ぼくからのアドバイスは、たった一つ。「二冊買ってください!」です。読めば、この意味がわかります!

   ☆

 この原稿を書いて、たくさんの影響を本から受けてるのだと改めて感じました。

 だから、読書はおもしろいですね。

 では!

新潮社 波
2024年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク