大正期、横浜の女系一族で起きた殺人事件ーー 日本推理作家協会賞受賞作家の新たな代表作など四篇

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[本の森 ホラー・ミステリ]永嶋恵美『檜垣澤家の炎上』/芦沢央『魂婚心中』/阿津川辰海『バーニング・ダンサー』

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 大正期の横浜を主な舞台にした永嶋恵美の『檜垣澤家の炎上』(新潮文庫)は、八百頁弱の文庫本である。見かけよりも、そして読み始めよりも読み終えたあとの方が、ずっしりと重い一冊だ。

 高木かな子は、七歳で母を失った。母は横浜の富豪である檜垣澤家の当主の妾であり、かな子は富豪一家に引き取られることとなった。女中部屋で暮らすこととなった彼女が目撃したのは、病に伏せる当主に代わって事業を成長させる妻のスヱとその娘の花、さらには花の三人の娘たちの身勝手さ、そして蔵で起きた火事だった。花の夫が死体で発見された火事である……。

 かな子の、主に十代の成長を描いた物語だ。彼女が年を重ねていく様を、いくつものエピソードを連ねて丹念に綴っている。それらの描写を通じて、読者はスヱを中心とする檜垣澤家の面々の欲や策謀を知り、かな子がそこで観察眼と知恵を活かし、慎重に言葉と行動を選んで強かに生き延びていく様を知る。物語はしずしずと進むが、作中は緊張感に満ちており、読む手を止められない。そして、人が死ぬ。誰かの意図に基づく死かもしれない。一人の死もあれば、複数の死もある。檜垣澤家の“怖さ”が徐々ににじみ出てくるのだ。終盤に至ると、読者は驚きを感じ始める。それまで見逃してきたいくつかの真実を、かな子の目を通して認識することになるのだ。そしてその“見逃し”は、身の危険にも通ずる。驚愕に加えてスリルも味わえるのだ。

 本書は、短篇「ババ抜き」で二〇一六年に日本推理作家協会賞を獲得した著者が、うねる時代を背景にその実力を堂々と披露した大長篇であり、新たな代表作だ。

 芦沢央の『魂婚心中』(早川書房)は、推しと死後に結婚できるマッチングアプリ、死後の行く末を決める閻魔帳、ある種の念力、そんな特殊な代物が存在する世界を描いた六篇を収録する。著者の意図のままに操られ、最後に衝撃を味わえる作品が並ぶ。各篇では感情の揺れという普遍的なドラマも愉しめる。上質な一冊だ。

 阿津川辰海の『バーニング・ダンサー』(角川書店)は、意志の力で何かを実現する特殊能力――燃やす、凍らせる、等――を現代社会に織り込んだ警察小説だ。それも、ジェフリー・ディーヴァーの著作のような、ドンデン返し連発型で、名犯人対名探偵型のスリリングな一作である。本書は、名犯人も名探偵(警視庁の新組織)も特殊能力を使う点が特徴。この世に百種あるという特殊能力の活かし方にも著者の機知(と趣味)が発揮されていて素敵だ。すぐにでも続篇を読みたくなる。

 その阿津川辰海が帯に賛辞を寄せたのが松城明の『蛇影の館』(光文社)だ。人体に潜入し、記憶と肉体を乗っ取る〈蛇〉。著者は、館に閉じ込められた高校生たちと〈蛇〉たちを巧みに操り、ロジカルな本格ミステリを〈蛇〉の視点で成立させた。まさかそこに盲点があったとは。満足満足。

新潮社 小説新潮
2024年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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