『日本列島はすごい 水・森林・黄金を生んだ大地』伊藤孝著

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日本列島はすごい

『日本列島はすごい』

著者
伊藤孝 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
自然科学/天文・地学
ISBN
9784121028006
発売日
2024/04/22
価格
1,012円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『日本列島はすごい 水・森林・黄金を生んだ大地』伊藤孝著

[レビュアー] 岡本隆司(歴史学者・早稲田大教授)

国土が育む特異な歴史

 新書業界の流行(はや)りなのか、「すごい」という形容詞のつくタイトルが、やたら目に入ってくる。どうも多用に失すると感じるのは、評者だけではあるまい。首をかしげていたら、また一冊。今度はわれわれの暮らす日本列島である。

 本書の「すごい」は「慈悲深い」と「危険な」を兼ね合わせた「一言」らしい。それなら言葉の意味は、ひとまず通じるけれど……。半ば釈然としないまま手にとった。

 地質と気候は、国土の個性をなす。国を考え、その歴史をみるには、まず地理を知らねばならない。まして「日本史の新しい一面」を語るのなら、歴史家は読んでおくべきだろう。生態環境を重視してきた評者なら、なおさら。

 ということで、半ば義務感から読みすすめたら一転、内容は興味津々。太古からの履歴にはじまり、くわしいデータを交えて地質の推移を科学的に教えてくれるのはもちろん、そこから環境・資源・産物の特徴までわかる。

 豊かな水と森がそなわり、鉄や金を産し、塩に米がとれる、生活にやさしい土地は、活火山が多く「地震の巣」でもあった。安危・生死は隣り合わせ、そんな「すごい」列島だからこそ、営んできた歴史がある。

 行基に芭蕉、遣唐使から中尊寺金色堂・ジパング、果ては『日本列島改造論』まで登場するのは、語り口の工夫ばかりではない。議論の本質でもある。地学的に大陸から「独立」したことが、列島の特質を決定した。すなわち“脱亜”、日本人の歴史でも同じであって、やはり国土と国民は、不可分なものらしい。いつしか地学の本だということも忘れていた。

 あらためて「すごい」としめくくった言い回しに、抵抗はある。しかし「すごい」列島に暮らす人々が、「すごい」わけでもない。平凡なわれわれ自身の来し方行く末を考え、日々の恵みとリスクを忘れないようにする。今年も天変地異の夏、座右に置きたい一書である。(中公新書、1012円)

読売新聞
2024年8月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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