『政治はなぜ失敗するのか 5つの罠からの脱出』ベン・アンセル著

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政治はなぜ失敗するのか 5つの罠からの脱出

『政治はなぜ失敗するのか 5つの罠からの脱出』

著者
ベン・アンセル [著]/砂原庸介 [監修、訳]/工藤博海 [訳]
出版社
飛鳥新社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784868010074
発売日
2024/04/30
価格
2,500円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『政治はなぜ失敗するのか 5つの罠からの脱出』ベン・アンセル著

[レビュアー] 遠藤乾(国際政治学者・東京大教授)

自己利益優先の落とし穴

 政治ってイヤだよね――そんな声が聞こえる。あなたって政治的なひとね、と言われて嬉(うれ)しそうな顔をする人は珍しい。

 しかし、願っても政治はなくならない。みなそれぞれに勝手で、放っておけば対立し、それに集団で対処する術が必要とされるからだ。

 どこまでもついてくるのが政治ならば、それが失敗しない道を探るのがよい。そこに転がる独特の罠(わな)を理解し、逃れる方法を考えるべきだ。

 若くしてオックスフォード大学の枢要な政治学講座を担う著者は、個人と集団、現在と未来のあいだに横たわるトレードオフ(こっちが立つとあっちが立たず)状態を見つめ、集団として、長期的に望ましい決定を行える条件を、ウィットにとんだ行論のなかで考察する。

 罠は五つある。「民主主義」において、一致した民意など存在せず、それをカオス、分断、独裁に至らずに集団としての決定に昇華するのは困難だ。「平等」は大事だが、権利としての平等と結果としての平等のあいだで分裂しうる。「連帯」は素晴らしいが、自分に利するときにのみ真に望ましい。「セキュリティ」は、内外の暴力から逃れるのに必要だが、それを保全する国家や警察・軍が牙をむく可能性がある。目の前の「繁栄」は、喉から手が出るほど欲しいが、将来世代の環境と繁栄を奪いうる。

 政治の失敗はたいがい、誰か他人/他国のせいだと考えているから生じるのではないか。しかし、勝手なのはみな同様で、自分/自国の利益ばかり考えれば罠にはまる。

 鍵は、制度と規範だ。自己利益を集団的決定につなげるには、何らかの構造が必要で、制度はそれをもたらす。規範は、自他ともに従う行動パターンで、それらを受け入れることで信頼が生まれる。そんなとき、政治は、未来に約束を埋め込む営みとなろう。

 政治について、突っ込んで考え直したい人向け。訳はこなれて読みやすい。砂原庸介監訳、工藤博海訳。(飛鳥新社、2500円)

読売新聞
2024年8月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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