『一片冰心(いっぺんひょうしん) 谷垣禎一回顧録』谷垣禎一著/水内茂幸/豊田真由美 聞き手

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一片冰心 谷垣禎一回顧録

『一片冰心 谷垣禎一回顧録』

著者
谷垣禎一 [著]/水内茂幸 [著]/豊田真由美 [著]
出版社
扶桑社
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784594097479
発売日
2024/05/29
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『一片冰心(いっぺんひょうしん) 谷垣禎一回顧録』谷垣禎一著/水内茂幸/豊田真由美 聞き手

[レビュアー] 清水唯一朗(政治学者・慶応大教授)

政治家とは 際立つ進退

 野党時代の自民党を支え、政権復帰に導いた政治家が、昨今の政治不信を前に政治と与党のあり方を示す。どうやら本書はそう位置づけられているようだ。そのための加筆もある。

 もっとも、総裁時代の回顧は本書の一章に留(とど)まる。元となるインタビューが連載されたのは二〇二二年四月。ウクライナ侵攻がはじまり、安倍元首相が健在であったころだ。それを踏まえると、もっと素直に読んでもよいだろう。

 際立つのは、その出処進退だ。東大で山登りに、司法浪人中は自転車に魅了され、弁護士となったときには三七歳。政治家になる気はなかった。代議士である父も世襲を否定していた。

 しかし、父が急逝すると、周囲に説かれて出馬を余儀なくされる。それからは山と自転車で培ったひたむきさで政治に取り組み、政策通だが調整にも汗を流すとの評価を積み上げた。

 「加藤の乱」前後の回顧は緊張感に溢(あふ)れる。乱の直前、両者は断絶していた。しかし、危機に際してその傍らに戻り、加藤を止めた。

 止めたことで、捨て身の加藤から浮かぶ瀬を奪ってしまったのではないか、そのまま進めば党を改革できたのではないか。その思いは谷垣に野党総裁という火中の栗を拾わせる。

 かくして対峙(たいじ)した菅直人首相への評価は厳しく、総理・党首のあり方として疑問を呈する。対して野田首相への信は厚く、彼となら大連立も実現していたかもしれないという。どうか。

 首相にはなりたかった。しかし、頼むに足らずと批判されるならと断念した。それでも後継の安倍首相に請われれば幹事長となり、党を支えた。事故のあとに引退を決めると、世襲はもちろん、後継指名もせず公募に託した。

 本書が示すのは、与党というより政治家のあり方だろう。読むほどになお知りたいことが溢れるが、書籍化によって削られた部分はごくわずかだ。この回顧録を機に、さらに経験を語っていただきたい。これからの政治のために。(扶桑社、1870円)

読売新聞
2024年8月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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