人殺しの従兄弟の身元引受人になれる? 孤独な弁護士が他人と関わることの素晴らしさを再認識するミステリー小説

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籠の中のふたり

『籠の中のふたり』

著者
薬丸 岳 [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575247534
発売日
2024/07/25
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

人殺しの従兄弟を身元引受人として受け入れた弁護士。他人との関わりは煩わしいこともあるが、素晴らしいことでもあると再認識できる心優しいミステリー 『籠の中のふたり』薬丸岳

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 父親を亡くしたばかりの孤独な弁護士と、傷害致死事件を起こした男。従兄弟という関係から弁護士は身元引受人となり、釈放後に二人は川越の家で暮らし始める。二人は全ての過去と罪を受け入れ、本当の友達になれるのか──。

『友罪』『Aではない君と』『最後の祈り』など心揺さぶる社会派ミステリーを書き続けてきた薬丸岳氏の新たな代表作が誕生! 罪とつぐない、そして人のやさしさ──「人間」を真摯に紡いだハートフルな小説です。

「小説推理」2024年9月号に掲載されたライター・瀧井朝世さんのレビューで『籠の中のふたり』の読みどころをご紹介します。

■人と距離を置いてきた孤独な弁護士と、仮釈放中のお調子者の従兄弟。二人の男の奇妙な同居生活は、やがて意外な方向へ。人々の成長と優しさが胸を打つミステリー。

 30代の弁護士、村瀬快彦のもとにかかってきた一本の電話。それは、従兄弟の蓮見亮介の身元引受人をお願いしたい、という内容だった。亮介は6年前に傷害致死事件を起こし服役していたが、このたび仮釈放が認められたという。二人はもう20年も顔を合わせていないが、亮介自身が快彦の名前を出したのだ。逡巡の末に快彦は、今はひとりで暮らす川越の実家に彼を迎え入れるのだが……。

 薬丸岳の『籠の中のふたり』は、二人の男が過去、そして罪と向き合っていく物語だ。友人が過去の重大事件の犯人ではないかと気づく男を描いた『友罪』や、少年犯罪の加害者家族の苦悩を描く吉川英治文学新人賞受賞作『Aではない君と』といった作品を発表している著者だけに、重いテーマを突き付けてくる内容かと思われるかもしれない。本作も確かに深いテーマを内包しているが、意外にもユーモアを含んだ場面もあり、温かい読み心地の人間ドラマとなっている。

 快彦は小学6年生の時に突然母親に自殺された悔恨から、人と距離を置く傾向がある。対して亮介はお調子者で人懐こく、川越で快彦の元同級生らとも親しくなっていく。巻き込まれる形で快彦も初恋相手の離婚相談にのるなどし、旧交を温めるうち、彼はかつては自分が他人に手を差し伸べる性格だったことを思い出していく。少しずつ成長する彼が、離れていった元恋人との関係を修復しようと不器用な行動をとるあたりは、微笑ましいくらいだ。

 だが、快彦には懸念がある。それは、亮介の過去の犯罪が周囲に知られることだ。そんな快彦の姿に、亮介は傷ついている様子。人が他人の過去の過失とどう向き合うかは『友罪』にも描かれたテーマであり、読者も自分ならどうするか、思いを巡らせるところだろう。

 物語はスピーディーに展開し、いくつもの謎を提示する。ある時、快彦は亡き父の部屋で、結婚前の母が父に宛てた手紙を見つけ、自分の出生の秘密を知る。一方、彼らの様子を窺う謎の男も出現する。そもそも気のいい人間にしか見えない亮介がなぜ人を殺したのかも、理由がありそうでひっかかる。やがてそれらはすべて繋がっていく。

 絡まり合う謎の中で育まれていくのは、快彦と亮介だけでなく周囲の人々も含めた人間関係だ。過去と今、秘密と真実と向き合うなかで、それぞれの「籠」から飛び立とうとしていく人々の姿が胸を打つ。薬丸作品のなかでもとびきり心優しいミステリーである。

小説推理
2024年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

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