『さまよえる神剣(けん)』玉岡かおる著

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さまよえる神剣

『さまよえる神剣』

著者
玉岡 かおる [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103737186
発売日
2024/04/17
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『さまよえる神剣(けん)』玉岡かおる著

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

草薙剣を探す青春小説

 平家一門が滅亡した壇ノ浦の戦い。そこで入水した幼き安徳天皇と共に波間に沈んだ三種の神器。八(や)咫(たの)鏡(かがみ)と八(や)尺(さか)瓊(にの)勾(まが)玉(たま)の二つは引き揚げられたが、天が地上に下された無双の霊剣、王の璽(しるし)、帝(みかど)の証である草(くさ)薙(なぎの)剣(つるぎ)は、深い海のどこかに消えたままとなった。

 だが、そんな「史実」はただ上辺のものでしかなく、安徳天皇は亡くなっていない、草薙剣も失われてはいないと信じる人びとがいる。それは切なる願いが生み出す夢物語に過ぎないのか。はたまた、ひそやかに封印された真実であるのか。本書はこの謎を核とする歴史ミステリーであり、神剣を探し求める旅路の記であり、主役を務める若者たちの青春成長小説でもある。

 物語は「第一章 帝の巻」で、草薙剣を持たぬ帝として悩み苦しんだ後鳥羽上皇の一人語りから始まる。「わたしは偽りの帝なのか? わたしには真の帝の資格がないのか?」

 その懊(おう)悩(のう)を鎮めるべく、草薙剣を探し出す使命を帯びて旅立つのは、天皇家に忠義を尽くし、ちょっと血の気が多くて「弱いものを見てじっとしていられない庇(かば)い性」の武士・小楯有綱と、備前の刀工・伊織、そして巫(み)女(こ)の奈岐の三人だ。身分も立場も異なる若者たちだから、最初のうちは足並みが揃(そろ)わず、話さえうまく噛(か)み合わない。しかし、険しい旅路を共に踏み越えてゆくうちに、三人の心に通い合うものが生まれてくる。仮面をつけることで何者かの魂を下ろし、取り憑(つ)かれて苦しむ奈岐を救おうとする有綱と伊織は、いつしか「おまえの行くところが俺の行くところだ」というほどの強い絆に結ばれる。果たして、三人が見(み)出(いだ)すさまよえる帝と神剣の真実とは――。

 壮大なファンタジーを創るとき、特撮技術も美しい音楽も武器として使えない小説では、作者の筆力が全てを決める。交錯する様々な人びとの想(おも)いを一つに織り上げる、強くしなやかな絹糸のような玉岡さんの文章も読みどころだ。(新潮社、2420円)

読売新聞
2024年8月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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