本当は怒ってよかったんだと気づくことがいっぱいあって…作家・寺地はるなと原田ひ香が語った創作の一端

対談・鼎談

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いつか月夜

『いつか月夜』

著者
寺地 はるな [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414692
発売日
2024/08/08
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

寺地はるなの世界

[文] 角川春樹事務所


原田ひ香×寺地はるな

寺地はるなさんの新刊『いつか月夜』が刊行された。

自分は社会に向いていないと、迷いを抱えながら生きる主人公が確かな一歩を踏み出していく姿を描いた一作だ。

先駆けて読んだ原田ひ香さんは「これまでで一番好き」と語った本作の誕生のきっかけや登場人物に託した思い、また、執筆に際して感じる日頃のあれこれを語り合った。

 ***

◆寺地はるなさんを初めて読む最初の一冊にお勧めの新作


寺地はるな

――原田さんは寺地さんの小説をよく読まれるそうですが、新刊『いつか月夜』の感想をお聞かせください。

原田ひ香(以下、原田) 好きだなと思いました。これまでで一番好きかも。同じようなことを前にも言った気がするのですが、読むたびに更新されてしまうので(笑)。でも、それくらい素晴らしかったです。寺地さんを知る最初の一冊としてもおすすめしたいですね、寺地さんらしさが凝縮されているので。

寺地はるな(以下、寺地) 今回は締切などの制約もなく、自由に書かせてもらうことができました。それもあって、仕事というより、自分の楽しみのために書いているという感じがありましたね。

原田 設定がすごくいいですよね。夜歩く話ですけど、どんなところから生まれたのですか?

寺地 男性を主人公にしようとだけは決めていて、たまたま仕事で訪ねた書店に實成さんという名前の書店員さんがいらしたんです。すごくいい名前だなと思って、使っていいですかと。

原田 それで主人公は實成くんに。ホント、いい名前ですね。

寺地 その帰り、もう夜になっていましたけど、タクシーに乗りながら、夜歩けたらいいんだけどなぁなんてことを考えていました。私、朝歩いているんです、今日はあの場面を書いてとか考えながら。本当は夜歩きたい。紫外線も気にしなくていいし。でも怖いしなぁと。で、そうだ、小説で書こうと。そこからですね。

原田 實成くんは最初は一人で歩いていますが、だんだんと仲間が増えていって、関係性が深まっていく。その過程では、みんなが胸に秘めた思いを少しずつ言葉にしていって。私は小説というのは、人が変化していく姿を書くものなのかなと思ってるんです。成長という言葉だけでは表せないものもあり、人が流れていく様と言っていいのかもしれませんが、そうした姿がとても自然に表現されているなと思います。ちなみに、主人公を男性にしようと思われたのは理由が? 私は男性を主人公として描くのは苦手意識があるんです。

寺地 女性の主人公が続いていたので、そろそろ男性にしようかと。そのくらいの気持ちだったと思います。ただ私も最初の頃は勇気がいりました。男性はこんなこと言わへん、こんなやつはおらへんと言われるのではと思ってしまって。でも性別よりも、その人がどんな人か、ということのほうが大事だと思えるようになりました。

原田 私も苦手意識があると言いつつ、男女差よりも個人差のほうが大きいと思っています。それだけに、實成くんという主人公は魅力的でした。

寺地 リアルな男性像でもなく、理想的なというわけでもなく。本当にこういう子はいるだろうと思って書いていました。意識したとすれば、相手を必ず“さん付け”で呼ぶことでしょうか。

原田 猫にもさん付けでしたね(笑)。これはほんの一端としても、實成くんの言動にはその人が持っている正しさ、正直さみたいなものを感じます。寺地さんの小説に貫かれている部分でもあって、そのままでいい、まっすぐ生きていいんだよと言ってくださっている気がします。

寺地 自分が当たり前だと思ってなんとなく飲み込んできたことが、本当は怒ってよかったんだと気づくことがいっぱいあって。そうしたものが今回はより出たのかなと思います。同じように、實成くんはまじめだと言われるけれど、それのどこが悪いと思うわけですよね、悪口の意味だと指摘されて。まじめであることを否定するのは違うんじゃないかと最近すごく思います。

――そのまじめさは生活にもよく表れていて、ゴミの分別もきちんとするし、料理動画を見ればその説明通りに作ろうとします。

寺地 自炊するのは、自分の生活を大事にしているタイプなんだろうなと思ったからです。食べるって、生活の大事な部分じゃないですか。それに自炊なら、好きなものを好きなように食べられる。そんな欲望みたいなものもちょっと書きたかったですね。

◆小説を書くうえでの自分なりのこだわり


原田ひ香

原田 スーパーでえびの産地を気にとめたりといった部分は新鮮でした。料理研究家の下で料理を習い、料理の仕事に就きたいと思ったこともあるので、小説の中で食を描くときはその視点に立ってしまうことが多いんです。だから、私だったら、きっと飛ばしてしまうだろうなと。そういえば、料理をするシーンで「ていねいに手を洗い」とありますよね。「丁寧」の漢字は使わずに。ほかにも、この漢字も開くんだと思うことがありました。

寺地 「きれい」も開いていますが、「綺麗」は画数が多いからなのか、自分が思う「きれい」にどうしても合わない。ただ単に、その漢字と自分の中のイメージが合わないというだけなんです。私の出身地佐賀県ではごはんは「よそう」ではなく、「つぐ(注ぐ)」と言いますが、それが子どもの時から受け入れられなくて。「つぐ」は液体のイメージなんです。「よそう」という言い方を知ったときは、それだと思いましたが、「ごはんを盛る」と聞いたときは、よりしっくりきましたね(笑)。

――言葉へのこだわりが子どもの頃からおありだったんですね。

寺地 小説を書くようになって本当に良かったと思います。小説を書いているから今みたいに良いように理解してもらえますけど、日常でそんなこと言い出す人間がいたら面倒くさくてしょうがない。

原田 ですね(笑)。あと、寺地さんの小説には会社や職場が大きなウエイトで出てきますよね。今回は印刷工場ですが、和菓子屋さんやガラス工房など作品ごとに違うけれど、そのどれもがきちんと描かれている。働く場に対してこだわりみたいなものがあるのかなとずっと気になっていました。取材もされているんですか?

寺地 どんな人かを考えるときに、その人がどんな仕事をしているかは大事だと思っています。就いている仕事でその人の感じは随分変わってくると思うので。取材は必ずしもするわけではなく、ベースになっているのは自分が働いていた頃のことや友達から聞いた会社の話です。仕事のことを書くとお仕事小説みたいに期待されてしまうのですが、仕事もするけど、それ以外の生活もあるよね、人間なんだからというところを書きたいと思っています。だからでしょうね、私が原田さんの小説に惹かれるのは。原田さんは人をすごく自然に表現されていると思います。善人でもなく、悪人でもなく、ただそこに生きているという感じで書かれていて、そこが本当に好きです。

原田 私は自分の小説を箱庭っぽいところがあると思っているんです。『古本食堂』の鷹島古書店もそうですが、まず一つの場があって、そこで起こる物語を、映画を見ているような感じで書き取っているという感覚があります。その場の雰囲気を書くのが好きなのかなとも思うし。そうした距離感みたいなものが、人物の描写にも関係しているのかもしれません。

寺地 私の場合、映像があったとしてもくっきりはしていなくて。ぼや~っとしていて消えそうなものをなんとか文字にしようみたいな……。せりふだけ先に来て、ということもありますし。どういう状況でそのせりふが発せられたのかはわからないのですが。

原田 せりふ先行で物語を考えていくこともありますか?

寺地 そういうときもあります。ただ、いつも終わりは決まっていません。わかっていると自分がつまらないですし、決まっている終わりに向けて辻褄を合わせようとしてしまうので、それもやっぱりつまらない。人間って、自分の終わりは知らずに生きているわけですから。

原田 考えていた終わりとは、まったく違う形になることもありますしね。でもこの頃は、私は小説を終わらせるのが苦手なのかなと思うようになりました。終わらせたつもりなのですが、本を出すたびにSNSなどでは続編があるのかなと言われてしまうんです。

寺地 それはずっとこの物語を読んでいたいという気持ちなのでは?

原田 だとしたら有難いですけど。とはいえ、答えが出ていない、全部の問題が終わっていないと思われているのかと考えると、ちょっと複雑で。

寺地 終わらせなくてもいいですよね。

原田 そうなんです。私もすべて終わらせなくてもいいのではと思っているんですけど。

――最初からシリーズの構想を持って書かれている作品は少ないのですか?

原田 ええ。でも、『古本食堂』はシリーズとして書いてみたいと思っていました。

寺地 本を読む喜びそのものを感じながら、私も読ませてもらっています。小説に限らずいろんな本が出てくるので、ガイド的な楽しみ方ができるのもいいですね。『古本食堂 新装開店』に出てきたフィルムストーリーという本に触発されて、映画『Wの悲劇』を見ました(笑)。

原田 現在、書店では買えない本を取り上げたいと思って始めた連載なんです。写真集や料理本もそうですが、その時、その時代のもので重版もほとんどされません。でも、そういう中にも面白い本はたくさんありますから。

寺地 それを薦めてくれる珊瑚さんと美希喜ちゃん。この二人、大好きなんです。場の話をされていましたが、この二人がまさに場の雰囲気をうまく作り出しているなと思います。まだ続くと思っていいですよね。

原田 そのつもりです。寺地さんは続編は書かれないのですか? 

寺地 どうやって書くんだろうと思っているくらいなので。

原田 ぜひ挑戦してほしい。きっとそれも、私の期待を軽々と更新してしまうんだろうなと思います。

【著者紹介】
寺地はるな(てらち・はるな)
1977年佐賀県生まれ、大阪府在住。2014年『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。『今日のハチミツ、あしたの私』が勝木書店グループ「KaBoSコレクション2020」金賞を受賞、2021年『水を縫う』で河合隼雄物語賞受賞。2023年『川のほとりに立つ者は』で本屋大賞9位入賞。『彼女が天使でなくなる日』『大人は泣かないと思っていた』『カレーの時間』『ガラスの海を渡る舟』『こまどりたちが歌うなら』など著書多数。

【聞き手紹介】
原田ひ香(はらだ・ひか)
2005年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞、07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。他の著書に「三人屋」「ランチ酒」シリーズ、『東京ロンダリング』『母親ウエスタン』など多数。『三千円の使いかた』『一橋桐子(76)の犯罪日記』はドラマ化もされ、大ベストセラーになっている。小社より『古本食堂』『古本食堂?新装開店』が大好評発売中。

構成:石井美由貴 写真:島袋智子

角川春樹事務所 ランティエ
2024年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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