「勇気がある、僕にはできない」加藤シゲアキが注目する作家・蝉谷めぐ実に聞いたデビューまでの道のり

対談・鼎談

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万両役者の扇

『万両役者の扇』

著者
蝉谷 めぐ実 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103556510
発売日
2024/05/16
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

加藤シゲアキ×蝉谷めぐ実・対談「虚と実のあいだで魅せる、わたしたち」

[文] 新潮社

 タレントで作家の加藤シゲアキさんが注目するデビュー3年目の作家がいる。今年5月に4作目となる時代小説『万両役者の扇』(新潮社)を上梓した蝉谷めぐ実だ。

 デビュー作『化け者心中』がベストセラーとなり、女形の妻の生き様を描いた2作目の小説『おんなの女房』で吉川英治文学新人賞を受賞した蝉谷作品の魅力とは?

 ***

加藤 新刊、刊行おめでとうございます。2年前に出た『おんなの女房』(KADOKAWA)は評判を聞いて手にしたのですが、僕が俳優業をしているというのもあって楽しく読ませていただきました。この『万両役者の扇』もそれと近しいテーマなのに、全く違う構成や見せ方で持っていくあたりが本当にすごいなと思いました。僕は似たテーマを書くのは難しいと思うタイプなので、なおさら。

蝉谷 ありがとうございます。『おんなの女房』についてはラジオでも話していただいて。

加藤 あ、ご本人にも届いていましたか。ともかく面白かったから。作家同士でも、蝉谷さんのお名前はよく出ますよ。蝉谷さんの小説は、けっこうグロテスクだったり残酷だったりする場面があって、こと今回の新刊に関してはそういった部分がより多いのですが、文体とテーマとストーリーテリング力が合わさってお見事でした。僕はあまり歌舞伎を観たことがなく、歴史小説にもそんなに明るくないので、偉そうなことは言えないんですけれど。蝉谷さんはもともと歌舞伎がお好きだったんですか?

蝉谷 そうですね。小さい頃は、よく祖母に連れて行ってもらって観ていました。でも当時は歌舞伎独特の煌びやかさに惹かれていたという感じで、その後、ずっと観続けていたというわけではなくって。大学で江戸時代の歌舞伎についての授業を受けて、ずどんと役者の人生にはまりました。

加藤 役者の人生にはまる、ということがあるんですね。

蝉谷 そうなんです。江戸時代の歌舞伎は今よりも随分と役者と観客の距離感が近くて、例えば、舞台がはねたあと金持ちの客なら役者と直接会うことができたりして、そういう部分も面白いなあと。加藤さんのご著作については、私は『ピンクとグレー』(2012年、KADOKAWA)を本屋で見かけて、アイドルが書く小説か、どれどれというとんでもなく失礼な入り方をしてしまったのですが、読んだ瞬間打ちのめされました。

加藤 思うつぼですね。

蝉谷 もう終わった、と思いました!

加藤 終わった!? 始まってもいなかったでしょう?(笑)

蝉谷 はい。作家デビューの野望を抱いて書き始めていた時期に読んだんです。いろんな作品を読んで、どういうものを書けば作家になれるんだろうと模索していたときだったので、これほどのものが書けなければ作家になれないのか、もう終わりだ!と(笑)。

加藤 『ピンクとグレー』は蝉谷さんの作品とシンクロするところもありますよね。虚実が合わさっていくところとか、役と人間が一つになっていくところとか。

蝉谷 そうですね。ただ、描写や言葉の選び方は、俳優である加藤さんならではのところが沢山ありますよね。でもそうかと思えば『オルタネート』(2020年、新潮社)では、お芝居や演劇ではない分野なのに素晴らしい小説を書かれるから、また終わったなと絶望することに。

加藤 いやいや、終わってないです。むしろ蝉谷さんの作家魂に火をつけちゃってる(笑)。

作り込みすぎはNG?

蝉谷 私が加藤さんの作品でとくに凄いなあと思うのが、嘘の中の「実」というか、虚構である小説を成り立たせるための細部の作り込みの丁寧さです。『ピンクとグレー』の、主人公が、芸能界で活躍する同級生が出演するテレビ番組を見ながら食べる夕飯として、ごぼうと蓮根と鶏肉の炒め物を選ばれたところに私は感動しました。ごぼうを噛み締める主人公の惨めさったら、どんなものだったんだろうと……。ほかにも、『オルタネート』での植物のような、物語を構成する要素の絡ませ方も素晴らしくって。私は歌舞伎をどこまで深く詳しく書けるかに注力しがちなので。

加藤 それを言うなら、蝉谷さんの作品のディテールもすごいです。僕はここ数年、時代劇に呼ばれるようになって、呉服屋の話を演じたことがあったので、『万両役者の扇』の中の「凡凡衣裳」では、実感を持ってわかるところがありました。当時の流行を生み出す役者を見ていた人たちは、今の人たちより目がいいなと思います。舞台小屋は役者と観客の距離が近いから、ディテールまでファンの方が見てくれる。だから演者も育ちますよね。

蝉谷 常に見られているという感覚がありますものね。

加藤 演者と観客の間に緊張感がある。今もそういうところはあるけれど、お客さんが優しくて、厳しいことを言う人はあまりいない。当時は観客の知識が豊富だから、演者も負けていられなくなる。『万両役者の扇』では舞台の裏方にもスポットを当てていて、これは新しいなと思いました。しかもちょっとしたミステリー仕立てになっているじゃないですか。

蝉谷 ありがとうございます! ちなみに好きな登場人物はいましたか?

加藤 裏方の人物もみんな面白かったですが、僕は名題役者の寛次が好きですね、ほっとします。登場人物が芝居狂いの人たちばかりの中で、寛次は狂気には染まりきれない、まっすぐな人。これはこれで、役者っぽさも、とてもあります。実際、現代ではこういう役者のほうが多いと思います。SNSの普及もありますが、今は裏側を見せないといけないんですよね。でも裏側って作れない、裏まで作り込むと見ている側は冷めちゃう。テレビに出ている人も、裏ではすごく人間くさいほうが、親近感があって好感が持てる。例えば、ファストフード店に行くスーパースターのほうがいいじゃないですか(笑)。

蝉谷 そうすると、寛次がライバル視する役者の扇五郎は、表も裏も作り込みすぎですね。

加藤 扇五郎は作り込むことで、役者としてあがっていくしかなかった人ですよね。蝉谷さんは、扇五郎のようなタイプの役者は好きですか?

蝉谷 確かに、人間くさい役者のほうが好かれるというのは同感です。でも、周囲のみんなが立ててしまう、かまわずにはいられない役者とはどんな人だろうと考えながら扇五郎を書いていたので、好きか嫌いかという存在ではなかったような気がします。こういう天才になってみたかったという願望はあったかもしれません……。

加藤 扇五郎に言われるがままに舞台上で犬の血を使ったら片付けが大変だろうなと思ってしまうから、そういう点では扇五郎に共感できないんだけど、ほっとけない人だとは思います。僕がもっと線が細くて若かったら、やっぱり扇五郎の役をやりたかったし、役者なら誰もがやりたくなる役だろうな。

新潮社 波
2024年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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