『宇宙開発の思想史 ロシア宇宙主義からイーロン・マスクまで』フレッド・シャーメン著

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宇宙開発の思想史

『宇宙開発の思想史』

著者
フレッド・シャーメン [著]/ないとう ふみこ [訳]
出版社
作品社
ジャンル
社会科学/社会科学総記
ISBN
9784867930366
発売日
2024/06/05
価格
2,970円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『宇宙開発の思想史 ロシア宇宙主義からイーロン・マスクまで』フレッド・シャーメン著

[レビュアー] 宮内悠介(作家)

150年史 7つの切り口で

 昔から宇宙へ行きたかった。でも、なぜあえてリスクを取ってそんな場所へ行きたいのか、説得力のある説明をすることは難しい。単なる冒険心であれば、それは植民地主義にもつながりうる。実際、「スペースコロニー(宇宙植民地)」といった言葉の使いかたにはかねてより批判がある。こういったことは、本書の最初のほうでも指摘される。

 なぜ人類は宇宙を目指してきたのか――本書はその一五〇年の歴史を、おおまかに七つのパラダイムにわけて振り返るものだ。宇宙科学とSF小説のあいだに境界を設けず、両者を自在に行き来しながら論が展開されていくのが特徴で、興味深い点でもある。

 内容の一部をご紹介すると、まず第一章は、人類の不死化や宇宙進出を掲げる「ロシア宇宙主義」で有名なニコライ・フョードロフと、その影響を受けたソ連宇宙開発の父、コンスタンティン・ツィオルコフスキーについて。また、対照的な例として、同時代に米国で書かれた宇宙ステーションの物語も取り上げられる。

 最後の第七章は新時代の民間宇宙開発企業、スペースX社のイーロン・マスクとブルーオリジン社のジェフ・ベゾスの対比や異同が語られる。その過程で、宇宙空間の領有権主張を禁じる宇宙条約に関連して、宇宙を今後人類の共有地と見なさないとする近年の米国の動きなどについても触れられる。

 ほか、第二次大戦中にドイツのV2ロケット開発にかかわり、戦後にはアポロ計画で活躍したヴェルナー・フォン・ブラウン。その友人であったアーサー・C・クラークの内省。円筒型のスペースコロニーで有名な物理学者ジェラード・オニールなどなど。宇宙は人類の共有地であるとあらためて訴え、宇宙地政学的な観点そのものに疑いをさしはさむ著者の視点は、宇宙開発競争がふたたび熾(し)烈(れつ)化しているいまだからこそ光って感じられる。ないとうふみこ訳。(作品社、2970円)

読売新聞
2024年8月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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