『離島建築 島の文化を伝える建物と暮らし』箭内博行著

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離島建築 島の文化を伝える建物と暮らし

『離島建築 島の文化を伝える建物と暮らし』

著者
箭内博行 [著]
出版社
トゥーヴァージンズ
ジャンル
工学工業/建築
ISBN
9784908406959
発売日
2024/04/19
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『離島建築 島の文化を伝える建物と暮らし』箭内博行著

[レビュアー] 遠藤秀紀(解剖学者・東京大教授)

島の自然と人 心の結い目

 島から動物学と農学を学んだ私だ。日本全体が島国だという大前提はともかく、本土とは別のいわゆる離島が、自分の学問を支える「知」の源泉となってきた。

 学生時代。最初は毒蛇のハブを捕まえに行く名目で、鹿児島県の島に入り込んだ。奄美大島と徳之島。そこで、島にしかいない特異な動物を朝から晩まで見続けた。学者への入り口が、私にとっては島だったのだ。

 安月給を得るようになってからは八重山諸島を歩いた。石垣島も西表島も、経済に影響されながら、年々変化し、開けていくのを感じた。五島列島や壱岐では、人と自然の独特の関係とその伝統に心惹(ひ)かれた。

 家畜を知る場も、私にとっては島だ。山口県日本海側の見島、鹿児島県吐(と)噶(か)喇(ら)列島の口之島。日本の牛を理解するためには、訪問必須の両島だ。対馬や与那国島には馬を、南西諸島では豚や山(や)羊(ぎ)を追った。隠岐の島々は、牛馬の飼養と耕作の変遷を語るのに、いまも欠かせない。

 かつて島は人も物も往来が不便だった。中央の統治が及びにくい時代もあった。気候や風土も本土とは往々にして異なっている。民俗や信仰でさえ、島ごとに生まれ得る。しかし、島へ行けば、島のいまを現在進行形で人々と語り合う。余(よ)所(そ)者なのに、島の幸せとは何か、島の未来はどうなるかを、思慮することがある。

 そうした自分の目に映るのは、いつも島の建築だ。狭い土地や傾斜の多い地面と融和して、島の建物は独特の雰囲気を醸し出す。民家、商店、校舎、旅館、教会……。地味でなんとなく古風なそのつくりが、路地や坂道や小さな畑や、ちょっとした木陰とさえ、絶妙な間柄を成す。建物は、島の文化が根づく空間。それは、島の人の心の結い目なのだ。

 本書は、写真家箭内博行氏の作である。氏の目が捉えてきたのは、けっして建築物だけではない。海山、生き物、暮らし、社会、そして人。踏査から生み出された写真と添えられる言葉が、島の心を直接自分の胸に受容しようとする氏の、静かな熱意にあふれていた。(トゥーヴァージンズ、2200円)

読売新聞
2024年8月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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