『間違い学 「ゼロリスク」と「レジリエンス」』松尾太加志著

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間違い学

『間違い学』

著者
松尾 太加志 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/心理(学)
ISBN
9784106110481
発売日
2024/06/17
価格
880円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『間違い学 「ゼロリスク」と「レジリエンス」』松尾太加志著

[レビュアー] 佐藤義雄(住友生命保険特別顧問)

仕組み作りで惨事防ぐ

 リスク管理の重要性は十分に認識され、対策が取られているはずなのに重大事故はなくならない。今年1月、滑走路に航空機が誤って進入した結果、死傷者が発生した上、大惨事が起きかねなかったことは記憶に新しい。

 また、医療現場では薬剤の名前がよく似ていたため、解熱作用のあるステロイドを投与するはずだった患者に筋弛(し)緩(かん)剤を点滴し、患者が死亡する重大事例などが発生している。こうした事例をゼロに近づけるようにするにはどうするかが本書のテーマである。

 機械化やDXが進んでも、人間のために作られたシステムである以上、どこかで人間が関わることになり、そこでミスが生じる。すなわち「ヒューマンエラー」による事故はなくならないということである。人は自らミスを犯そうとして犯すわけではない。では知識やスキルがないからだろうか。注意深さに欠けるからだろうか。

 著者はそれだけでなく、その人が置かれた状況がそうさせてしまうからと指摘する。従って注意喚起などの精神論では解決しない。本人の労働環境や業務の改善に加え、外から気づかせる仕組み作りが大事だと主張するのである。

 そのためには動作確認を促し、誤操作には警告を発する「電子アシスタント」等の仕組みを充実させることが肝要である。同時に、過去の事例のうち、うまく行ったケースを参考にして、エラーが生じてもその被害を最小限にする「レジリエンス」すなわち回復力や弾力性を組織的に高めておくことが大切であるという。現代はテクノロジーの発達により、些(さ)細(さい)なミスが多くの人の命に関わる事態を引き起こす時代なだけに、このことは重要性を増している。事故を起こした人や組織の責任追及を厳しくしすぎるのも問題である。隠(いん)蔽(ぺい)が始まり、かえって適切な対策を行う妨げになるからだ。本書はリスク管理にとって何が本質的に大事かという重要な課題を改めて深く考えさせてくれる好著である。(新潮新書、880円)

読売新聞
2024年8月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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