『つげ義春が語る 旅と隠遁』つげ義春著/『つげ義春が語る マンガと貧乏』同著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

つげ義春が語る 旅と隠遁

『つげ義春が語る 旅と隠遁』

著者
つげ 義春 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784480818645
発売日
2024/04/11
価格
2,530円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

つげ義春が語る マンガと貧乏

『つげ義春が語る マンガと貧乏』

著者
つげ 義春 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784480818652
発売日
2024/06/28
価格
2,530円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『つげ義春が語る 旅と隠遁』つげ義春著/『つげ義春が語る マンガと貧乏』同著

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

人生や創作論 貴重な諸篇

 つげ義春は自分のことをあまり語りたがらない人物である。だが、漫画家としてきわめて高い評価を得たがゆえに、インタビューや対談という形で、みずからの人生や創作論を語る、もしくは語らされる機会が少なくなかった。この二冊は、その貴重な諸篇(へん)を新たにまとめたものである。対話の相手として佐野史郎、林静一、深沢七郎、そして妻の藤原マキといった著名な人々も登場する。

 漫画家として活躍するようになったあとは、聴く音楽が「クラシック専門」で、しかも「バッハ以前」が好みだという。探偵小説についても、「おどろおどろしい作風」のものより「構成がかちっとした短編が好き」。ひなびた温泉町を舞台にした作品『ゲンセンカン主人』や、幻想的な『ねじ式』から受ける印象をくつがえすような、そんな発言が散見される。

 しかしこれは、いま生きている「この現実」こそが謎であるという感覚から出発して、「疑似でない本物の世界」を作品として描きだしたいという創作意識と、深くつながっているのだろう。主観による意味づけが行われない、夢のような光景を描きながら、それも一つの現実であるという空気が保てる「ギリギリの限界」を模索すること。それが自分の方法だと語るのである。

 「世界の一切は無意味であることが実相で、人間も本来無意味な存在なんです」。そう断言する作家が惹(ひ)かれるのは、地方を旅するときに出会う、崩れかかった家屋の「惨めったらしい」風景である。生活の都市化と合理化が進みきって、どこでも同じようなコンクリートの建物に囲まれながら生きている現代人も、つげの描く風景に不思議と郷愁を誘われるのは、心の深いところで共有している何かと響きあっているからだろう。

 自分の作品は「もうすぐ忘れられる」といった述懐をつげはくり返すが、現在ではフランス語版、英語版の全集の刊行も進んでいるという。昭和・平成・令和と時代が変わっても、その仕事は文化圏の違いもこえながら、読者の感性を刺激し続けている。(筑摩書房、各2530円)

読売新聞
2024年8月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク