「心配の範疇を超える事件が」「最初は戸惑いました」 大河ドラマ「光る君へ」に翻弄される文学好きが最推し愛を語る

対談・鼎談

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

のち更に咲く

『のち更に咲く』

著者
澤田瞳子 [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784103528326
発売日
2024/02/15
価格
2,200円(税込)

「光る君へ」に一億点差し上げます

[文] 新潮社

逆風の中で書かれた「物語」

たられば よく話題になる「紫式部は一人で書いていたのかどうか問題」なんですが、以前ある漫画家さんとお話ししたら、その方は、紫の上推しやら、明石の君推しやら、何人かのスタッフがいて、合議制に近い形で話を練り、メインライターの紫式部が取りまとめて書いたのではと推測しておられた。長大な物語ですし、一人きりでは難しそうですよね。現代の漫画家さんの製作現場に近かったのかもしれない。

澤田 あの時代、上手い文や和歌はよく共有されましたが、自分一人で書いた物語を社会に共有されるのって、書いた人にとってはとても怖いことだったと思うんですよ。きっと同志は欲しかったんじゃないかなと思います。

たられば 私たちが考える以上に、物語に対する風当たりが強かった時代。嘘を書くと地獄に落ちると言われていましたからね。『源氏物語』の「蛍」で光源氏が「歴史書が第一で、物語はずっと劣るけれど、物語にしか書けないものがある」と物語論を展開しますが、あれを書いた紫式部は、相当腹立たしかったと思います。

澤田 しかも書き手と読者が近すぎる。狭い貴族社会で、書いた端からみんなが読むなんて。物語の立場が弱い社会であれを書き続けるのは、ものすごいエネルギーを要したはずです。

たられば それに取材もしないと書けないですよね。当時の六条御息所(東宮妃)が寝所でどんなことをして、どう振る舞うかなんて分かるわけがない。本人に聞くわけにもいかないし。

澤田 『枕草子』もそうですが、そもそも、ほんの数人に向けて書かれたものなんですよね。

たられば それが今、世界中で読まれているんだから大したものです。京都を見たことも聞いたこともないような人たちが想像して読んでいると思うと、これも文学の力を感じます。ところで、澤田さんに一つお願いなんですが。

澤田 はい?

たられば 次にお書きになる平安ものに、ぜひ清少納言を出して下さい。

澤田 そういえば出したことないです。

たられば どういう印象を持たれていますか、清少納言に。

澤田 頭のいい人ですよね。『枕草子』を読むと好き嫌いもはっきりしているし。でもこの人、これは経験してないなと感じることがあって、例えば歯を痛がる女が美しいと書いているじゃないですか。あれ、実際に歯痛を経験していたら書けないだろうと考えちゃいます。

たられば たしかに。虫歯は麻酔なしで抜くしかなかった時代にこんなこと考えるなんて、ちょっとヤバい人だなとは思ってましたが。

澤田 あれを美しいと言えてしまうとは、ちょっとサディスティックな面があったのかな。あと、歯が丈夫だったんだと思います。

たられば その視点はなかった……。

澤田 それ以上はまた考えます。

たられば ぜひ!

そして和泉式部がリングイン

たられば 大河も後半に入りましたが、公式ガイドブックを読むと、このあと和泉式部が出てくるみたいで。

澤田 そうなんです。

たられば 紫式部や清少納言と絡んだりするのか……普通に考えると清少納言とは気が合いそうだけど、紫式部とは絶対合わなそう。

澤田 合わない。私は杉本苑子さんの小説『散華 紫式部の生涯』に出てくる和泉式部が大好きで。彼女の中では幼なじみの皇子たちと男女の関係になっちゃうのが自然な成り行きなんだけれど、潔癖な紫式部はそれが許せない。

たられば 許せないでしょうね。そうじゃなかったら、和泉式部のことを「歌はいいけど身持ちが悪い」なんてあからさまに書かないでしょう。ただ当時、一番評価されていたのは和泉式部じゃないかと思うんですよ。才能溢れる歌人で、「勅撰和歌集」に採られた歌の数は女性部門でぶっちぎりの第一位。

澤田 ゴシップの破壊力もすごいですよ。為尊親王・敦道親王兄弟と続けて恋仲になったのは有名です。でも、冷泉天皇が廃され、皇統が円融天皇へと移ったことで権力の座から遠のいた親王たちと恋愛に耽ったというのは、和泉式部なりの「敗者の美学」だったかもしれません。

たられば そうなると和泉式部を見る楽しみのギアが上がりますね。でも現代では他の二人ほどメジャーじゃないから、悪く描かれたらどうしようとか、逆にたいしたことない人みたいに描かれても嫌だなとか、このあと長生きする彰子はどんな風に描かれるんだろうとか、道長の晩年はつらいんだよなあとか……。まだまだ僕の心乱れる日々は続きそうです。

新潮社 波
2024年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク