『羅刹国通信』津原泰水著

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羅刹国通信

『羅刹国通信』

著者
津原 泰水 [著]
出版社
東京創元社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784488029012
発売日
2024/04/30
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『羅刹国通信』津原泰水著

[レビュアー] 遠藤秀紀(解剖学者・東京大教授)

身に滲み込む幻想小説

 あらためて思う。惜しい作家に居なくなられた。津原泰水である。亡くなって少し経(た)ち、有難いことに、かつての連載作品が初めて単行本化された。

 笙野頼子に、山尾悠子に、澁澤龍彦に、泉鏡花に、江戸川乱歩……。十五歳くらいでその手を読みふけり、大人から真っすぐな目で見てもらえなかった経験をもつ諸氏は少なくなかろう。だが、幻想小説は、誰に勧められるでも誰に止められるでもなく、いつの間にか読み手の五体生身に滲(し)み込んでいるものだ。好きな者にとっては一生の宝物である。

 主人公は理恵だ。小学六年のとき、叔父を崖から突き落として殺した。心を病み自殺しようとしている叔父の行為を後押ししたと、時にはうそぶくこともある。人殺しは羅(ら)刹(せつ)国(こく)で鬼になって、亡(なき)骸(がら)を喰(く)らっているそうだ。鬼どうしには互いの角が見えるらしい。この世で夢を見ていると、いつも理恵は羅刹国に落ちる。

 理恵を羅刹の異界へ導いた少年、芥川。彼は泳げない母親を海に連れ出し、溺れていくのを観察したと話す。同性愛の相手の女生徒を自殺させたとされる教師墨井。患者を死なせた罪をたまに悔やむ医師小此木。みな、鬼らしい。

 幻想には笑いや気晴らしが欲しいと、私は願う。津原の『クラーケン』の犬や『五色の舟』の妖怪くだん、澁澤の『高丘親王航海記』の儒艮などは、私の願いを叶(かな)える配役だった。一方、本作に笑いがあるとしても、妖怪くだんほどには出しゃばらない。やはり鬼は、人を明るく笑わせる立ち位置にはいないと見える。

 連載四作が一冊を成しているが、中途で筆の方向性が変わったと読んだ。屍(しかばね)だ人殺しだと力ずくで闇に突き落とす前半に対し、死臭の乏しいまま淡々と経過する後半。節々でこの変調を繰り返せば、この作は無限に続く。だが、津原はもう居ない。惜しいが、『羅刹国通信』はここに終幕なのか。(東京創元社、1980円)

読売新聞
2024年8月2日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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