『生命活動として極めて正常』八潮久道著

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生命活動として極めて正常

『生命活動として極めて正常』

著者
八潮 久道 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041147917
発売日
2024/04/24
価格
1,705円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『生命活動として極めて正常』八潮久道著

[レビュアー] 尾崎世界観(ミュージシャン・作家)

あり得ない設定の7編

 本書は内容を説明すればするほどに訳がわからなくなりそうな短編小説集である。ギミギミシェイク十五年、イージードゥダンス二年で父親がある日突然パパピッピになったり。突然課長が拳銃を持ち出して、課員の眉間を撃ち抜いたり。いつも応援してくれている地元の人が急に出てきて、急に出禁になったり。アラフォーならぬアラエイのおじいさんが、気になるおじいさんに色目を使ったり。収録されている七つの話すべてが変。やっぱり、説明すればするほどに訳がわからなくなって最高だ。

 著者は「はてなブログ」で人気のブロガーだが、どの話も置きにいってない、とても自由な発想で書かれている。まだ何者でもないからこそ、プロとアマチュアの境を行ったり来たりできるその無敵さで、これから何者にでもなれる可能性を爆発させることができるのだろう。

 さらに、その言語感覚の柔軟性にも強く惹(ひ)かれる。言葉そのものがというより、言葉を発する筋肉のしなやかさ。何者でもないからこそ持っている、良い意味での信用できなさを使って、まだ誰も知らない世界を存分に見せてくれる。信用のない作者は無敵だから、小説にとって大切な読者への「裏切り」を無限に生むことができるし、何より著者自身もちゃんと小説を疑っている感じがして良い。だからこそ、こんなにもあり得ない設定を軽々と成立させられるに違いない。

 本書は、著者のこれまでの代表作を集めた、さながらベストアルバムだ。読みながら、かつて自分にもあった、あのアマチュアの頃のヒリつきを思い出して羨ましくなる。そして最後の書き下ろし二編を読んで、「メジャーデビューして変わってしまった」と嘆くインディーズ時代からのファンみたいな心境になった。今作で信用された著者が、読者を、小説を、これからどう裏切っていくのか。今からそれが楽しみでならない。(KADOKAWA、1705円)

読売新聞
2024年8月2日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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