仙台で執筆を続ける私小説作家が東北各地を辿る、現代の「おくのほそ道」

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ミチノオク

『ミチノオク』

著者
佐伯 一麦 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103814061
発売日
2024/06/27
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

仙台で執筆を続ける私小説作家が東北各地を辿る、現代の「おくのほそ道」

[レビュアー] 乗代雄介(作家)

 最近では東北地方全体を陸奥と呼ぶことも多い。言葉の由来は「道の奥」で、カタカナにすると「未知の奥」という意味合いも籠もるように感じると著者は書いている。人口比からしても、東北地方をそのように捉えている人は相当数いるだろう。

 住まいのある仙台も含めた東北各地での経験について書かれた本書は、紀行文とも、著者の作品の多くがそう言われるように私小説とも分類できる。どちらにしても、それが未知と既知の狭間に現れた文章であるということは言えるように思う。

 陸奥では、『おくのほそ道』の松尾芭蕉をはじめ、数々の文人が足跡を残してきた。詩歌、紀行文、小説。それを頼りに足を運んで未知を味わい、言葉に託してささやかな既知を足す。その積み重ねの最上層で、本作も陸奥のイメージを作る。

 とはいえ著者は、そんなイメージと関係なく続いている自身も含めた個人の生活から目を離さない。各地の案内人や近所の顔見知りとの交流も細やかに描かれる。コミュニケーションとは未知と既知とのやりとりで、その機微が「鳥海山の高さは何メートルか知ってますか」という何気ない言葉に現れる。

 本書でもたびたび言及される三・一一が、唐突に、未知が既知を覆い尽くす経験であったことは想像に難くない。二〇一九年から二〇二四年までに断続的に発表された収録作の中では、田圃、家の排水管、人のつながり、あらゆるものがその記憶を連れて来る。しかし、その落ち着いた筆致について行くうち、不思議と励まされるような気がした。どんなものでも既知へ取り込むのが生きることで、それでも残る未知を言葉の外に自覚するのが書くことなのだ。

 本書に出てくる地名や名所旧跡の来歴、鳥や植物を詳しく知る人は多くはないと思うが、それもまた楽しんで欲しい。我々を手招きするものはいつも、わずかな既知が予見する「未知の奥」なのだから。

新潮社 週刊新潮
2024年8月8日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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