『戦争と経済 舞台裏から読み解く戦いの歴史』小野圭司著

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戦争と経済

『戦争と経済』

著者
小野圭司 [著]
出版社
日経BP 日本経済新聞出版
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784296120024
発売日
2024/03/18
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『戦争と経済 舞台裏から読み解く戦いの歴史』小野圭司著

[レビュアー] 小泉悠(安全保障研究者・東京大准教授)

「欲しがりません」の深い訳

 「欲しがりません勝つまでは」というスローガンが戦時下の日本で掲げられたことはよく知られている。当時の国民が経験した窮乏生活や軍事国家の抑圧性をわかりやすく象徴するからだろう。だが、戦時下ではどうして「欲しがって」はいけないのだろうか。戦争中は物資が足りなかったから? それもある。

 ところが本書によると、経済学的にはまた別の意味があったのだという。増税を回避しながら戦費を調達するためには国債の発行が望ましく、その購入余力を国民が持てるように一般消費を抑制する必要があった、というのだ。こうしてみると、「欲しがりません勝つまでは」は単なる精神主義ではなかったことになる。

 また、本書は、社会主義経済についても比較的多くの頁(ページ)を割いている。ソ連が軍事費で潰れたということはよく言われるが、しかしソ連以上に軍事費を出していた米国は何故(なぜ)平気だったのか。それはソ連がマルクスの教えに背いて「価値」と「価格」を混同したからだ、と本書は説明する。「価値」の償却を生産性向上の名目で「価格」に転嫁(減額処理)したので、その分過大投資になってしまい、不良債権ばかりが積み上がっていった。

 戦争という現象は、見る角度によって姿を変える怪物である。通常、人々の耳目はこの怪物の最も目立つ部分、すなわち前線での激しい戦闘に集中しがちだ。だが、それは怪物の一つの顔に過ぎない。戦地の人々が見舞われる惨禍、環境破壊、社会や文化への影響など、人の世のどこにでも戦争は顔を出す。経済界などは怪物にとって、むしろ「馴染(なじ)みの界隈(かいわい)」と言ってもよいかもしれない。戦争と経済のこうした繋(つな)がりを、本書は小気味よく暴いていく。

 それにしても日露戦争で連合艦隊旗艦を務めた戦艦「三笠」の価格が、当時の財政支出の4・4%にも相当したという話には驚いた。このクラスの戦艦が次々に沈んだり沈められたりするのだから、戦争というのは全く壮大な無駄遣いであると思い知らされる。(日本経済新聞出版、2420円)

読売新聞
2024年7月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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