「どんな扱いを受けても自尊心は失わないこと。」職場でしんどい思いをしながら働く人に響く言葉

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新直木賞作家の「職場小説」。難儀な日々でも、誰かの言葉に救われ、励まされる瞬間が

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 一穂ミチ『砂嵐に星屑』は、大阪のテレビ局を舞台にさまざまな人間模様を描く連作集だ。

 登場するのは、かつてスキャンダルを起こしたため、周囲から色眼鏡で見られることの多い四十代の女性アナウンサー、大学生の娘から冷遇されているニュース番組のデスク、ゲイの仕事仲間に片想いしている女性タイムキーパー等々。みな職場でも私生活でも悩みを抱えている。個々人の難儀な状況が多く描かれるが、だからこそ、彼らが誰かの言葉に救われる瞬間や、自分自身を見つめ直す姿に読者も励まされるのでは。

 こざわたまこ『明日も会社にいかなくちゃ』(双葉文庫、単行本刊行時の『仕事は2番』を改題)も、同じ職場にいるさまざまな人間が登場する連作集。巻頭の「走れ、中間管理職」は総務課の中間管理職となった女性が主人公。職場で浮いている新人女性を個人的に気にかけていたところ、思わぬ落とし穴に陥る。周囲に相談せずに一人で仕事を抱えこんでしまいがちな人にはぐさりとくる内容だ。

 他にも、部下から軽んじられている男や、元上司に反感をおぼえる女性社員、休職中で煩悶を抱いている女性らの心情が丁寧に描かれていく。苦手だった相手に理解を示す瞬間など救いを感じる場面もあるが、全体的に、絵空事のような痛快な展開はない。だからこそ、職場の人間関係で悩みを抱える人たちは共感をおぼえるはず。

 津村記久子も職場小説の名作をいくつも発表しているが、作品集『とにかくうちに帰ります』(新潮文庫)は個人的にはお守りのような一冊。巻頭の連作の一篇「ブラックボックス」は、主人公が同僚女性の仕事ぶりを観察している話だ。優秀だが同僚男性に横柄な態度をとられることも多い彼女。ある日、主人公が彼女のノートを盗み見ると、そこには仕事の心構えが書かれてある。「どんな扱いを受けても自尊心は失わないこと。」等、綴られている言葉は、しんどい思いをしながら働いている人の心にきっと響くはず。書き出して、辛い時に眺め直したくなる文言が記されている。

新潮社 週刊新潮
2024年8月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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