『約束』
- 著者
- デイモン・ガルガット [著]/宇佐川 晶子 [訳]
- 出版社
- 早川書房
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784152103390
- 発売日
- 2024/06/19
- 価格
- 3,410円(税込)
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アパルトヘイト渦中、白人農場主一家の衝突と没落――ブッカー賞受賞作
[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)
南ア作家の、2021年ブッカー賞受賞作だ。作家歴約40年にして、この英語文学最高峰の賞に輝いた。3度目のノミネートだった。受賞後の動画で「ここまで長かった……」と万感の思いで述べていたのが忘れられない。「候補に残ったと知らされた瞬間感じたのは、安堵、興奮、そして大いなる不安だ」と。『約束』が描くのは、アパルトヘイト撤廃前後の白人農場主一家の衝突と没落だ。
物語は1986年、人種隔離政策をとる南アの白人に苛烈な非難が集まっていた頃に始まる。全体は「母さん(マー)」「父さん(パー)」「アストリッド」「アントン」と題された4部に分かれ、一家の母、父、長女、長男のストーリーを軸とする。各部には10年の間隔があり、毎度葬式によって家族が召喚されてくる。ネタバレを恐れずに書けば、各部のタイトルの人物が亡くなるのだ。
第1部では母が逝去。末娘アモールは、生前の母に対して父がした約束を覚えている。黒人家政婦サロメを住まわせている小さな家を、父は彼女に譲渡すると約したのだった。それはいっかな果たされない。
夫のアルコール依存に悩まされていたらしい母は、亡くなる前に一家の宗旨であるプロテスタントからユダヤ教に改宗(復帰)した。父はある説教師の教えに目覚め、酒への依存を絶つものの信仰にのめりこみ、凄絶な最期を遂げる。
アストリッドもやはり改宗したのか、カトリックの神父に不義の告解を重ねるが、悔い改められない。その挙句に……。アントンは軍隊でのトラウマを抱えて小説を書きあぐね、東洋の瞑想にはまった妻との諍いと恥辱の果てに……。
心の支えを失い落下していく人びとをガルガットはうっすらとしたユーモアを交えて冷徹に描きだす。タイトルのThe Promiseが意味するのは、サロメへの約束だけでないだろう。信心の行方を書いた『情事の終り』も髣髴とさせる名作。