日本近代文学の中で最も有名な「三百円の金剛石」とは? 指輪からみた「貫一お宮」の物語

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

金色夜叉

『金色夜叉』

著者
尾崎 紅葉 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101074016
発売日
1969/11/12
価格
990円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

三百円の金剛石

[レビュアー] 北村薫(作家)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「指輪」です

 ***

 熱海の海岸散歩する、貫一お宮の二人連れ……という歌の文句は、わたしが小さい頃は、それこそ、子供でも知っていました。ラジオの漫才でも、よく使われていたからです。

 尾崎紅葉の『金色夜叉』を知らなくても、間貫一という男が、お宮という女に裏切られ、夜空を見上げ、――来年の今月今夜、さ来年の今月今夜、十年後の今月今夜の月を、僕の涙で曇らせてみせる、といい、すがるお宮を蹴飛ばす。これはまあ、国民の常識でしたね、昔は。

『金色夜叉』の鍵となる言葉に「洋行」や「高利貸」があります。明治には、これらがどれほど重い意味を持っていたか。それは、森鴎外の『雁』と読み比べると、よく分かります。

 さて、物語は冒頭、富山という金持ちの登場によって動き始めます。彼の指に輝いているのが、おそらく日本近代文学中で、最も有名な指輪です。それを見た人々は感嘆の声をあげる。

「金剛石!」

「うむ、金剛石だ」

「金剛石??」

「成程金剛石!」

「まあ、金剛石よ」

「あれが金剛石?」

「見給へ、金剛石」

「あら、まあ金剛石??」

「可感い金剛石」

「可恐い光るのね、金剛石」

「三百円の金剛石」

 ある本によれば、この頃の三百円は昭和五十五年の二千五百万円。さて、今のいくらぐらいでしょうか。

新潮社 週刊新潮
2024年7月25日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク