え、文庫でこのボリューム…!? 20年前から噂に聞いていた小説が「新潮文庫」史上最厚の1088ページで日本上陸!

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多重人格者同士が築く、風変わりな友情と自己の再生。超長編話題作、待望の翻訳!

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 人間の頭のなかに家があって、それぞれの部屋に異なる人格が暮らしている。そんな面白い小説があるらしいという噂を小耳に挟んで約二十年。ついに翻訳された。新潮文庫史上最厚、一〇八八ページ。マット・ラフ『魂に秩序を』(浜野アキオ訳)は、多重人格者を主人公にした長編小説だ。

 まず〈はじめて湖から出てきたとき、ぼくは二十六歳だった〉というアンドルーの語りに引き込まれる。湖といっても現実のものではない。多重人格障害をもつアンディ・ゲージという人物の頭のなかにある湖だ。湖のほとりに人格たちが住む家を建てた〈父〉に呼び出され、アンドルーはアンディの体を運営することになった。二年後、アンドルーが働くワシントン州のIT企業に、複数の人格をもつペニー・ドライヴァーが入ってくる。アンドルーの事情を理解している親友で、勤務先社長のジュリーは、二人を引き合わせるが……。

 一人の人間にまったく別の性別や性格をもつ複数の人格があらわれる障害は、現在は「解離性同一性障害」と名付けられている。原因の多くは子供時代のトラウマ。アンドルーとペニーも児童虐待のサバイバーだ。二人とも人格が複数あるために、他者とのコミュニケーションに困難を抱えている。ただ、アンドルーは頭のなかの家によってある程度秩序が保たれていて、ペニーは混乱している。体は一対一で精神は合コン状態の二人が、衝突しながらも、風変わりな友情を築いていくところがいい。

 アンドルーの過去に秘められた謎を追うミステリーとしても、二人が自己を建てなおす成長小説としても読みごたえがある。本の厚さに見合った濃厚な時間をぜひ体験してほしい。

 あわせて読みたいのは「多重人格」が広く知られるきっかけになったダニエル・キイスのベストセラー『24人のビリー・ミリガン』(堀内静子訳、ハヤカワ文庫NF、上下巻)。『魂に秩序を』のなかでも言及されている。そもそも人格とは何だろう。稲垣良典『人格の哲学』(講談社学術文庫)は、哲学者が深く考察した一冊だ。

新潮社 週刊新潮
2024年7月25日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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