『南光』
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日本の統治から中国国民政府に替わる台湾の社会状況をフィルムを通して描く
[レビュアー] 大竹昭子(作家)
南光写真機店は日本統治時代の台北にあった。ドイツ製の高級カメラのみを並べ、現像も引き受けて店主が自らプリントするなど、こだわりの専門店だった。
本小説はこの店をはじめた鄧騰輝を中心に展開するが、彼には実在のモデルがいた。法政大学に内地留学してカメラ部に所属、ライカに夢中になり、帰国後は店を営んだ。一九七一年に没後、大量のネガが発見され、写真集が刊行されたが、それが小説家の想像力に火を点けたのである。
騰輝の親兄弟、彼の妻、店で知りあった写真家である友人らの人生を描いた十二のエピソードが、「アルバム」と名付けて繰り広げられる。どの「アルバム」にも印象的な光景やショットがあり、背後に日本の統治から中国国民政府に替わる台湾の社会状況が窺える。昔の八ミリフィルムを見ているようだ。
騰輝は学生の分際で高価なライカを持っているし、四人兄弟の全員が日本に留学を果たしている。一家は成功した客家人の商家だ。騰輝が恋人の景子らとツェッペリン飛行船を見に行ったり、友人と写真の腕を競ったりと、始まりは日本が舞台となる。
長兄は二十六歳で急逝して次兄が後継ぎになり、騰輝は大学二年で名家の令嬢と結婚した後カメラ店を経営。弟は油絵に夢中になり結婚を延ばしつづけたが、戦局が悪化するときっぱりと絵筆を折って家庭をもった。絵画か写真かというふたりの会話が興味深い。
異国暮しを体験した騰輝に故郷の暮しは時代遅れで、若いころは距離をおいて俯瞰するように撮っていた。だが、晩年は超小型のスパイカメラを手に人々の暮しに踏み込んでいく。「写真はその人の生命の在り方そのものを反映している」という言葉に深く頷く。運も左右するが、その運に反応するにはつねに心の準備がなされていなければならない。写真とはなにかを、人生にからめて探った類例ない小説だ。