ミスをしたのは誰のせいなのか? その原因を考察した認知心理学の研究者が語った改善のための視点

エッセイ

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間違い学

『間違い学』

著者
松尾 太加志 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/心理(学)
ISBN
9784106110481
発売日
2024/06/17
価格
880円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

自分では間違いに気づかない

[レビュアー] 松尾太加志(北九州市立大学特任教授)


ヤバいミスの原因はどこに…(写真はイメージ)

 ミスをした人を責めても事態はよくならず、ミスを導いた状況に解決策がある。

 人がミスをする状況とメカニズム、それに気づかせるしくみ作りを学術的に解き明かした新書『間違い学―「ゼロリスク」と「レジリエンス」―』(新潮社)が刊行された。

 なぜ、どのように間違いは起こるのか? そのミスを大惨事につなげないためにはどうしたらいいのか? DXが浸透する現状もふまえ、最新の知見をもとに分析した松尾太加志さんが、新書刊行の意図を語りながら、再発防止に必要な視点を明かした。

松尾太加志・評「自分では間違いに気づかない」


松尾太加志さん(写真:本人提供)

「自分では間違いに気づかない」

「支払い方法をお選びください」

 最近、セルフレジを使うことが多くなった。ちょっと操作に間があくと、このようにせまってくる。セルフレジは丁寧に(しつこく?)指示してくれる。「電子マネー」? 「バーコード決済」? どっちを選ぶ?……あ、間違った。

 IT化やDXが進み、世の中いろいろ便利になっている。でも、それを使いこなせないと便利さは享受できない。使えないお前が悪いと言われそうだが、そうではない。

 これは障害者の問題とも共通する。人間が作ってきた生活環境に段差があったり、視覚に頼ったしくみとなったりしてきたため、障害が顕在化しているだけであって、人に障害があるというより、人間が作りあげたシステムのほうに障害があるのだ。

 それと同様に、人がわからなかったり、間違ったりするのは、人の問題ではない。システムがわかりにくいからである。

 日常生活での失敗の多くは、大きな問題にはならない。あとになれば笑い話で済むし、こんな原稿のネタにもなる。でも、仕事の場面ではそうはいかない。人が亡くなってしまうこともある。医療事故、鉄道事故……その要因の多くが人間のミス、ヒューマンエラーだ。そのヒューマンエラーをなくすにはどうすればいいだろうか?

 重大な事故が生じたとき、責任者がマスコミの前で頭を下げる。見慣れた光景である。私も責任者として頭を下げた経験がある。「再発防止に努めます」、「細心の注意を払って」が常套句である。注意すればなくなる? そんなことでなくなるのであれば誰も苦労しないのだ。

 注意していてもわからないものはわからない。本人は間違っていないと思って行為をしているのであって、そのときは間違っていることに気づいていない。人間の注意力の改善ではなく、システム側を改善しないとダメである。

 自分で気づけないから気づかせるしくみを作る。それが本書のテーマである。間違いに気づかせるといえば単純ではあるが、それをどうすればよいか、様々な事例を紹介しながら学術的に検討した。だから、「間違い学」というタイトルにした。本書を読んでいただき、ヒューマンエラー防止に役立てていただければ幸いである。

 セルフレジはしつこい。次は「バーコードをガラス面にかざしてください」と。わかっている。今、スマホを準備しようとしていたところなのに。余計なお世話だといいたくなるが、大人になろう。間違うかもしれないから教えてくれているのだ。表示、音声案内、見ただけでわかるしくみなど、私たちは普段意識していないが、間違いに気づく手がかりに囲まれている。

新潮社 波
2024年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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