『近衞忠煇 人道に生きる』近衞忠煇著/聞き手・構成 沖村豪

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近衞忠煇 人道に生きる

『近衞忠煇 人道に生きる』

著者
近衞忠煇 [著]/沖村豪 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784120057830
発売日
2024/05/09
価格
2,090円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『近衞忠煇 人道に生きる』近衞忠煇著/聞き手・構成 沖村豪

[レビュアー] 清水唯一朗(政治学者・慶応大教授)

赤十字活動 泥臭い奮闘

 旧肥後藩主・細川家に生まれ、母の実家である近衞(このえ)家を継いだ。祖父は元首相の近衞文麿と稀代(きだい)の粋人、細川護立(もりたつ)。兄は政権交代を実現した首相、細川護煕(もりひろ)。自身は英国に留学し、三笠宮家の姫と結ばれ、日本赤十字社の社長まで務めた。耳目を惹(ひ)くには事欠かない貴種である。

 好奇の気持ちに誘われて手に取った本書は、戦後にありながらも闘いに溢(あふ)れていた。悲運に襲われた近衞家を継ぎ、兄と競い、自身の生き方に迷い、戦争のなかで平和を求める。八〇余年にわたる静かな闘いが、衒(てら)わず、阿(おもね)らず、まっすぐに語られている。

 静かな、しかし弛(たゆ)まぬ闘いを支えたのは公平、中立を掲げる人道主義であった。日赤には嘱託として採用されたが、あの白洲次郎からは「そんな退嬰(たいえい)的なところに行くのか」と言われたという。甘い、生ぬるいとする批判は貴種に生まれた彼に向けられる常套(じょうとう)句であった。

 そうした声を跳ね返すように、赤十字活動でひたむきに実績を挙げた。よい聴き手たろうとする彼の姿勢は、複雑な利害が絡む国際組織のなかでは通じないと揶揄(やゆ)された。しかし、その姿勢を貫くことで、相手との共通項を見出(みいだ)し、難局を突破してきた。彼を支持する仲間が集まって国際赤十字・赤新月社連盟会長に押し上げ、その活動を支えた。

 彼の「聴く」が一方通行でないことは、もう一人の主役である甯(やす)子(こ)夫人の存在が物語る。聴き合い、語り合い、二人で共に人生を歩くとはこういうことかと感じさせてくれる。

 貴種の記録であることは間違いない。しかし、彼の迷い、動き、変えていく、決して華麗ではなく泥臭い奮闘記は、好奇の対象に留(とど)まらない。人にはそれぞれの「ノブレス・オブリージュ」があり、この世界のなかで私たちに何ができるのかを教え、背中を押してくれる。大病のあとにもかかわらずインタビューを受け、大切な言葉を託されたことに感謝したい。(中央公論新社、2090円)

読売新聞
2024年7月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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