世界恐慌「リーマン・ショック」の引き金となったのは「日本人」による超大型詐欺事件…犯人自ら「アスクレピオス事件」を綴る

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リーマンの牢獄

『リーマンの牢獄』

著者
齋藤 栄功 [著]/阿部 重夫 [監修]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784065350362
発売日
2024/05/16
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

世界金融を震撼させた当事者が述懐するモラルハザードを来した金融界の悲喜劇

[レビュアー] 伊藤博敏(ジャーナリスト)

「アスクレピオス事件」を覚えているだろうか。丸紅が支払いを保証すると米銀行のリーマン・ブラザーズを信じ込ませた男が、同行から371億円を騙し取り、金融犯罪史上最長の懲役15年の実刑判決を受けた事件である。男の逮捕から3カ月後の2008年9月、リーマンは負債総額6000億ドル(約64兆円)で倒産し、世界金融を揺るがせた。その男「齋藤栄功」が、倒産の引き金を引いたひとりであるのは疑いない。

 バブル経済直前の1986年、旧山一證券に入社し、余禄を受けたのも束の間の97年、会社は自主廃業に追い込まれた。以降、政治家秘書、都民信組、メリルリンチ日本証券、三田証券などを転々とした後、診療報酬債権の流動化を手掛け、04年9月にギリシャの医神の名を冠したアスクレピオスを創業する。

 バブル崩壊を受けた金融再編で、浮き沈みを余儀なくされた金融マンは少なくない。旧山一證券の人間ならなおさらで、それが単なる経済事件簿ではなく、マクロ経済を踏まえたミクロ金融史となっているのは監修に当たった阿部重夫の手腕だろう。

 日本経済新聞の元記者で多くの著書、訳書があり、現在はネットメディア「ストイカ」の発行編集人を務める。『リーマンの牢獄』は432ページというボリュームだが、長野刑務所に服役中の「齋藤」に向って、未来からやってきた「アバターサイトウ」が問い掛け、会話形式で話が進むという形態を取っていて、無理なく読ませ飽きさせない。

 この特異な構成を勧めたのは阿部で、齋藤がそれに応えた。アバターの問いには、内外の経済史を半世紀にわたって見続けた阿部の視点が反映されている。文化勲章を受章した経済学者の岩井克人は「現代経済史を、ミクロの視点から小説のように語ってくれる」と推薦文を寄せた。

 齋藤が丸紅元課長の山中譲と組んだ詐欺スキームは単純かつ泥臭い。丸紅の会議室を使い、元白バイ警官の丸紅ニセ部長を用意するなど、映画さながらの大胆で滑稽なコンゲーム(信用詐欺)である。

 齋藤は、看守のイジメが横行する苛酷な「ナカ」の生活を仮出所まで14年も余儀なくされた。それが、酒に女に高級外車という数年に及んだ大散財の代償だったが、逮捕前、「出所後の生活費に」と友人に預けた約18億円は戻らず。友人は、詐欺師の上前をハネる「クロサギ」だった。

 その「合わない収支」を含めて本書は、モラルを外れた果ての金融が生む悲喜劇を壮大な物語として提供している。

新潮社 週刊新潮
2024年7月18日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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