『丹波哲郎 見事な生涯』
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<書評>『丹波哲郎 見事な生涯』野村進 著
[レビュアー] 高橋秀実(ノンフィクション作家)
◆「ホラ吹き」の虚実に迫る
昭和の大スターである丹波哲郎さんは稀代(きだい)の「ホラ吹き」としても有名だった。
ウソつきではなくホラ吹き。話が大袈裟(おおげさ)で、どこまで本当なのかわからないのである。「霊界はある。きのうも行った」と真顔で言ったり、映画『007は二度死ぬ』に出演した際も「オレは英語、完璧だ」とショーン・コネリーの肩や背中を叩(たた)いて高笑いしたり……。
40年ほど前にテレビ業界に身を置いていた私も「セリフをまったく覚えない」という伝説を何度も耳にした。どうするのかというと、彼は「何?」とだけ発声する。言われた相手は返答に困り、彼のセリフを代わりに言って「〇〇なんじゃないですか?」と問い返す。そこで彼は再び「何?」と詰め寄るだけ。しかし仕上がりを見ると、セリフを覚えていない彼の演技のほうがリアルで迫力もあったのである。
本書は彼の「ホラ」の虚実を丹念に紐解(ひもと)く。著者自身の取材に加え、雑誌のインタビューなどから一語一語掘り起こしていくのだ。彼の生い立ちから、若くして病身となった貞子夫人との日々。彼がこだわった「霊界」や「催眠術」も人と人を結ぶコミュニケーションの方便でもあったようだ。さらには『太陽がいっぱい』の撮影監督をフランスから招き、自費を投じて制作した『砂の小舟(おぶね)』など、世間から無視された作品の数々も知ることができた。ホラを支える真実というべきだろうか。
「あとがき」によると、著者の父は丹波さんと同じ歳(とし)で同じように学徒兵だったという。戦後シベリアに抑留されていたが、戦争体験は一切語らず、自身を「情けない兵隊さん」と評していたそうだ。丹波さんはシベリアからの帰還兵を何度か演じており、その姿が父と重なったらしい。
「おとうさんの人生は失敗だったよ」
著者の父は最期にそう言い残したという。息子としてはつらい一言。しかしこれが丹波流のホラなら救われるわけで、著者がこの大著に取り組んだ理由が少しわかったような気がした。
(講談社・2420円)
1956年生まれ。ノンフィクションライター、拓殖大教授。著書多数。
◆もう一冊
『大俳優 丹波哲郎』丹波哲郎、ダーティ工藤著(ワイズ出版映画文庫)。インタビュー集。