『木滑さんの言葉』
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<書評>『木滑さんの言葉 思想 歴史 発言 足跡 そして 記憶』塩澤幸登(ゆきと) 著
[レビュアー] 永江朗(書評家)
◆面白みを心に留めおく天才
昨年の7月、木滑良久(きなめりよしひさ)さんが亡くなった。93歳だった。木滑さんはマガジンハウスの元社長。雑誌『アンアン』や『ポパイ』、『ブルータス』の編集長を歴任した。60代以上なら『週刊平凡』や『平凡パンチ』も覚えているかもしれない。
本書は木滑さんの生涯を描いたノンフィクション。ただし普通の評伝とはちょっと違う。部下として木滑さんの近くにいた著者の視線で書かれていると同時に、著者自身の編集者人生も細かく回顧されているからだ。つまり軸が2本あるわけで、それがいい効果を出している。ぼくが書名をつけるとしたら、「木滑さんとわたし」かな。
木滑さんは雑誌の黄金時代を生きた人だった。いや、違う。木滑さんが日本の雑誌の黄金時代をつくった。ぼくは昔、マガジンハウスの資料室に通って古い『週刊平凡』や『平凡パンチ』を夢中で読んだことがあるけれど、時代を経ても面白く、誌面から当時の熱気が伝わってきた。
木滑さんや著者の塩澤さんが雑誌をつくっていたころ、そしてぼくが毎号楽しみに購読していたころ、世の中の新しいことや楽しいことやかっこいいことは、みんな雑誌の中にあった。なぜ木滑さん(や塩澤さん)にそれが可能だったのか、この本を読むとよくわかる。自分が面白いと思うことを誌面化したからであり、自分が面白いと思うことは読者にも面白いのだと確信していたからだ。
そういえばいつだったか、ぼくは木滑さんに「堀内誠一さんはどんな人でしたか?」と訊(き)いたことがある。堀内さんは天才的デザイナーで、『アンアン』も『ポパイ』も『ブルータス』も彼の作品。木滑さんは「捨て目の利く人」と堀内さんを評した。視界に入ったものを心に留めておく天才。それは木滑さん自身のことでもあったんだと本書を読んで気づいた。
本書はいろんな角度で楽しめる。出版史としても、文化史としても、組織論としても。なかでも社内人事の話などは、出版界の内幕に関心のある人には興味津々だろう。
(河出書房新社・2970円)
平凡出版(現・マガジンハウス)に勤務した後、独立し作家活動。
◆もう一冊
『伝説の編集者 坂本一亀とその時代』田邊園子著(河出文庫)