小説紹介クリエイターのけんごが紹介 「食」と「本」を通じて生まれた人間関係を巧妙に描いた小説

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古本食堂 新装開店

『古本食堂 新装開店』

著者
原田 ひ香 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414678
発売日
2024/06/14
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

解説

[レビュアー] けんご@小説紹介(小説紹介クリエイター)

一人を優しく包んでくれる街・東京は神田神保町にある古本屋。原田ひ香が、その移り変わりをハッと驚く美しさで描いた1冊『古本食堂 新装開店』を小説紹介クリエイターのけんごさんが紹介する。

 ***

 東京は、騒がしくて息苦しい街だ。

 朝の通勤通学ラッシュ時の電車は常時満員で、本を読むことすらもままならない。夜のゴールデンタイムに渋谷のスクランブル交差点を歩けば、あまりの人の多さに身の危険を覚えることもある。休日に都心部のカフェに入れば、満席であることがほとんどだ。その反面、便利な街であることも事実だ。地方から上京してきた僕にとって、東京は故郷と比べ物にならないほど、不自由がない。しかし、どこか落ち着かないことも否めない。

 これが、僕の目に映っている東京だ。

『古本食堂』の第三話に次のような一文がある。

 東京は一人を優しく包んでくれる街だ。

 物語に大きな影響を与える一文とは思わない。それでも僕は、この一文に強い感銘を受けた。考えてみれば、確かにそうなのだ。外食だろうと買い物だろうと、東京は一人でいることが少しも不自然ではない。場合によっては、一人の方が気楽なことさえもある。

 この一文だけでなく、原田ひ香さんの小説には、はっとさせられるような文章がいくつもある。原田さんの目には、些細なことや僕が窮屈に思うことが、こんなにも美しく映っているのかと感動させられる。そして、自分もそんな視点を持てるようになりたいと、羨ましく思う。

『古本食堂』は、東京の神田神保町に店を構える、「鷹島古書店」を舞台に進む物語だ。神保町といえば、日本が誇る古書店街である。

 鷹島古書店を営むのは、本作の主人公の一人、鷹島珊瑚だ。彼女は、兄・滋郎の跡取りとして店を引き継ぐこととなった。珊瑚は、故郷である北海道帯広で暮らしていたのだが、滋郎が急逝し、店とビルを相続することとなったため、単身上京してきたのだ。兄の思い入れが詰まった古書店ということもあり、すぐに閉めるという選択はできなかった。経営どころか、東京にさえも慣れないまま、珊瑚は鷹島古書店の店主として店に立っている。

 そんな、珊瑚を支えるのが、もう一人の主人公、国文科の大学院生・美希喜だ。彼女にとって、滋郎と珊瑚は、大叔父・大叔母にあたる。当初は、滋郎が残した遺産の行方を気にする母に指示をされるがまま、珊瑚が店の今後をどうするのかを知るために(母に知らせるために)、鷹島古書店へと足を運んでいた。しかし、美希喜にとっても思い入れのある店ということもあり、いつの間にか珊瑚の手伝いをするようになる。美希喜は、不定期ではあるものの、生前滋郎が営む鷹島古書店を訪れていたのだ。

 院生である美希喜にも、就職という大きな決断を下さなければならないタイミングがやってくる。『古本食堂』の最終話、美希喜はさまざまな葛藤の末に、この先も鷹島古書店で働いていくことを決意した。本と店への愛が溢れた、本作屈指の名場面である。そして、美希喜が晴れて正式な従業員となったその後を描く物語が、続編『古本食堂 新装開店』だ。

 本シリーズを読んでいると、とある出来事を思い出して、非常に感慨深くなる。それは、著者である原田さんとのエピソードだ。

 僕が初めて原田さんにお目にかかったのは、宮崎県にある秘境の村・椎葉村だ。原田さんは、第四回「宮崎本大賞」を『三千円の使いかた』で受賞され、その受賞記念イベントが椎葉村にある図書館で行われたのだ。僕はゲストとしてお呼びいただいたのである。現地にて、お昼頃の待ち合わせだったため、主催者の方も含めて、椎葉村の蕎麦屋で昼食をご一緒した。美味しい蕎麦に舌鼓を打ちながら、本の話などをしたことをよく覚えている。

「食」と「本」は、人と人をつなぐ架け橋になるのではないかと思う。「古本食堂」シリーズは、食と本を通じて生まれる人間関係を巧妙に描いた小説だ。登場人物のほとんどが、本をきっかけにつながり、食で関係を深めているのである。思えば、僕が原田さんにお会いできたのも、本がきっかけだ。イベント後には、民宿で夕食をご一緒したのだが、そこでも大いに話が盛り上がった。原田さんとの食と本の思い出が詰まった、忘れられない一日だ。

 これは一人の読者としての憶測に過ぎないのだが、「古本食堂」シリーズは、きっとこれからも続くだろうと思う。いや、続いてほしいと強く願っている。なにせ、鷹島古書店のこれからと、登場人物たちの恋路と、いくつかの謎と──物語には、まだまだ広がる余地があるからだ。こんなに素敵な物語の続きを、期待せずにはいられない。

 読書が好きでよかった、本が好きでよかった。「古本食堂」シリーズは、心からそう思わせてくれる小説だ。珊瑚さんと美希喜ちゃんが作ろうとしている「読書の輪」を僕もつないでいきたいと思う。

角川春樹事務所 ランティエ
2024年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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