『古本食堂 新装開店』
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原田ひ香の世界
[文] 角川春樹事務所
◆溢れてくる神保町での食の意外な楽しさ
――本の面白さを再認識するだけでなく、食の楽しさも味わえるのがこのシリーズの魅力だと感じます。
角川 うん。この作品の鷹島古書店のように、古本屋さんをモチーフにした小説というのは案外ありますよ。でもそこに、食べ物屋を結びつけるというのは原田さんしかできない。初めて読んだ原田さんの小説は『ランチ酒』だったけれど、あれも食の絡め方が良かった。
原田 ありがとうございます。食べ物というのは読者を惹きつけることができる要素なんだなと、『ランチ酒』を書いて実感しました。
角川 神保町はいい店が多いし、私もいろいろ行ったけど、接点が多いのは喫茶店だね。だいたい行ったことありますよ。二十代の頃は「さぼうる」によく通った。作家と会って仕事の話をしたり、本を読んだり。このシリーズにも出てきて、懐かしくなりました。
原田 最近は昭和レトロブームで、そうした古い喫茶店目当てに神保町を訪れる若い人が増えているみたいですね。町が活性化しているんだなと思う一方で、減っているのが文壇バーだと聞きます。今作でも触れていますが、有名な「人魚の嘆き」ももうありませんし。
角川 その店の名付けは私の友人である、武富義夫だよ。七年前に他界してしまったけど。
原田 武富さんには一度お目に掛かったことがあるんです。『古本食堂』を書くために編集者さんと取材を始めた頃でしたが、偶然バーにいらして、お話させていただくことができました。その時は河村季里さんもご一緒でしたよ。
角川 おいおい、河村とは昨日一緒だったんだよ。まさか原田さんから二人の名前が出てくるとは。武富と河村とは毎月食事会をしていたこともあるし、盟友みたいな存在なんだ。
原田 実はこの本に登場する辻堂出版の社長というのは、お話した際に感じた武富さんのイメージを重ねています。ちょっと豪快な感じを受けました。
角川 そうなんだよ。豪快だったし、繊細でもあった。いやいや、まさか辻堂社長に重ねていたとはね。嬉しいなぁ。ありがとうございます。
――作品は「繋ぐ」というのが大きなテーマでもあると思いますが、登場人物にも託されていたのですね。
原田 そうですね。この本は神保町とゆかりのある方々に幸運にも出会う機会を得て、出来上がっています。その時聞いたお話をいろいろな場面で使わせてもらっているんです。また、大好きな古典作品に触れることもできた。この小説は今、私の中で一番思い入れがあるものになっています。だから、主人公の名前も、これぞという作品に使おうと以前から考えていたものなんです。美希喜というのは、人をしっかり「見て」、また、人の話もちゃんと「聞いて」というところから来ています。
角川 なるほどなぁ。原田さんの思いが伝わってくる作品になっていると思いますね。あと、懐かしいなと思ったことがもう一つあって。「Wの悲劇」だよ。
原田 私もぜひ伺いたいと思っていました。『カドカワフィルムストーリー Wの悲劇』を取り上げたのですが、映画の場面写真とそのシーンの台詞を載せた本があったということ自体が貴重だと思うんですね。映画を見た人も楽しめたでしょうけど、映画館に足を運べなかった人にはもっと喜ばれたと思います。私がまさにその一人で、いとこのお姉さんにもらってからというもの、面白くて毎日毎日読んでいました。
◆明らかになる2人の意外な繋がり
――角川映画の礎を築かれた社長に愚問かもしれませんが、このフィルムストーリーという本を発案されたのも社長ですよね?
角川 もちろん(笑)。最初に作ったのは映画「人間の証明」の時だ。森村誠一の小説を元に松山善三が脚本を書いたけれど、原作にはないニューヨークのシーンが出てくる。そのシーンが良くてね。だから本として残したかった。ただね、脚本との関りはそれ以前にもあって、エリック・シーガルの『ラブ・ストーリー』が映画化された際、脚本がノベライゼーションされたが、その翻訳をしたのが私だったんですよ。
原田 「愛とは決して後悔しないこと」のコピーで有名な、あの映画ですか?
角川 そうそう。そのコピーは後から誰かがつけたんだけどね。
原田 社長が翻訳されていたなんて、まったく知りませんでした。
角川 言ってないからね(笑)。ペンネームでやったんだよ。ただ、知ってる人もいて、その一人が高橋三千綱だ。翻訳に影響を受けて小説を書くようになったと言ってくれた。
原田 影響を受けるというのはすごくよくわかります。私は脚本からスタートしていますが、初めて書いてみようと思ったのは三十歳くらいで、それまで脚本のようなものは「Wの悲劇」しか読んだことがなかったんです。でも、自分でも意外なくらいにすらすらと書けた。ヤングシナリオ大賞に応募したその脚本は、賞は取れませんでしたが最終選考まで残り、仕事に繋がりました。このフィルムストーリーがあったからだと思っています。文章がどう映像になるのかということを学ぶことができました。
角川 そんなこともあるんだね(笑)。
原田 もちろん、「Wの悲劇」という映画が本当に良くできた作品だったからだと思います。起承転結の作り方もそうですし、特に余韻ですよね。最後の薬師丸ひろ子さんがカーテシーのようにスカートを広げ、おじぎをするところとか。あれほど学べる映画はないと思います。だからこそ、一冊の本としても素晴らしいものになっている。あぁ、やっぱり持ってくるべきでした、私のフィルムストーリーを。
角川 えっ? 持ってるの?
原田 はい。いとこにもらったあの日から大切にしてきました。実は社長と初めてお会いした時はサインしていただきたくて持ってきていたんです。でも、言い出せなくて(笑)。
角川 あははは。
――原田さんが作家として今日あるのは、角川社長の仕事があったからなのではないかと思えてきました。
原田 そうかもしれません。
角川 私も意外な繋がりを聞いて、驚いているよ。
原田 中学生の頃の自分に言ってあげたい。角川春樹さんと対談できるよって。これまでにも多くの方が同じことをおっしゃっているとは思いますが、本当にそう思います。これ、今日お会いしたら最初に言おうと思っていたんですけど……。
角川 いや、いい締めになったんじゃないか(笑)。第三作も書いていただけると聞いています。期待しています。
【著者紹介】
原田ひ香(はらだ・ひか)
2005年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞、07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。他の著書に「三人屋」「ランチ酒」シリーズ、『東京ロンダリング』『母親ウエスタン』『口福のレシピ』『DRY』『母親からの小包はなぜこんなにダサいのか』『財布は踊る』『まずはこれ食べて』『図書館のお夜食』『喫茶おじさん』『定食屋「雑」』など多数。『三千円の使いかた』『一橋桐子(76)の犯罪日記』はドラマ化もされ、大ベストセラーになっている。