『倫理的なサイコパス ある精神科医の思索』尾久守侑著

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倫理的なサイコパス

『倫理的なサイコパス』

著者
尾久守侑 [著]
出版社
晶文社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784794974242
発売日
2024/05/24
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『倫理的なサイコパス ある精神科医の思索』尾久守侑著

[レビュアー] 東畑開人(臨床心理士)

臨床現場 心の独り言

 精神科医はサイコパスである、というのが著者の主張なのだが、私も全面的に賛同したい。もちろん、全国紙を使って精神科医の悪口を言いたいわけではない。私たち心理士だってサイコパスだ。というか、あらゆる専門家がそうだ。専門家になるとは、サイコパスになることなのである。

 この本を読むとよくわかる。著者の外来には、一日に何十人もの患者さんがやってきて、それぞれが一回きりの人生の深刻な痛みを抱えている。しかし、当の精神科医にとっては、その苦痛は数十個の人生のうちのひとつでしかない。そして、そのとき著者は猛烈な便意に襲われていたりもする。そう、精神科医にも自身の一回きりの人生がある。ここに臨床の根源的なギャップが存在している。

 すると、著者は考えざるをえない。今日、誰に時間をかけて、誰にはかけないか。いわゆる「トリアージ」というやつだ。こういう専門的な判断をするとき、専門家はある種のサイコパスになっている。

 しかし、著者はできる限り「倫理的な」サイコパスでいようとする。つまり、患者さんの不利益にならないように、しかし現実を誤(ご)魔(ま)化(か)さず、自分に嘘(うそ)をつかないように、ああでもないこうでもない、本当にそれでいいのかと考えを巡らせる。心の中で独り言を言い続ける。

 この独り言が最高に面白い。著者は精神科医でもあるが、詩人でもあるので、言葉が勝手に喋(しゃべ)り出すのである。言葉が言葉を連れてきて、脱線し、おかしな話になるけど、また臨床に戻ってくる。そこにサイコパスの裏に隠された人間としての精神科医がほんのりと垣間見える。

 ぜひ読んでみてほしい。専門家の仮面をかぶってはいるにしても、そこには人間がいて、クヨクヨと沢(たく)山(さん)のことを考えていて、それが漏れ出している。心の臨床は人間と人間が出会う場所なのである。(晶文社、1870円)

読売新聞
2024年7月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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