『山の上の家事学校』近藤史恵著

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山の上の家事学校

『山の上の家事学校』

著者
近藤史恵 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784120057649
発売日
2024/03/18
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『山の上の家事学校』近藤史恵著

[レビュアー] 櫻川昌哉(経済学者・慶応大教授)

家事しない夫 低い生産性

 仕事一筋で家事に非協力的であった男性が妻から離婚されて、ひょんなことで男性を対象にした家事学校に行くことになる。学校で家事を学んでいくうちに、生きることを見直す感覚を抱くようになり、自分がいかに妻の心を踏みにじっていたかに気づく。果たして一度別れた妻との距離は縮まるのか。物語は意外な方向に展開していく。本書は、仕事さえしていれば家事に無関心でも許されると思い込んでいる夫が、いかに了見が狭く、妻のことを理解していないかを見事なまでに描写しきっている。

 OECD(経済協力開発機構)による国際比較調査によれば、日本の男性は家事をしない。また日本の労働生産性は先進国の中でもかなり低い。家事をしない分だけ仕事に集中できて生産性が高くなるかといえば、そうではなくてむしろ逆なのである。両者に因果関係があるかどうかは厳密な検証を必要とすることを承知のうえで、ひとつ仮説をたててみよう。家事をしない男性に対して、自らも働きたいと願う女性の判断は子供を生まないことであった。少子化の進行による人口減で消費は減少し、男性が頑張って働いても商品は売れず、会社の利益は減少し、計測された労働生産性は低下したと考えてはどうだろうか。

 出生率の低下が目立つようになったのは1980年代中頃である。この時期、男女雇用機会均等法が施行された。少子化は、家事に無関心な男性社会に対する女性からの警告だと思うと腑(ふ)に落ちる。男性が家事をしないワークライフバランスの歪(ゆが)みが、社会の在り方に想像以上に悪影響を及ぼしているのかもしれない。

 男性はもっと家事をすべきであろう。夫もまた家事を分担するという社会規範のもとに組織の在り方も変えていく必要がある。労働時間をどう確保するかという課題もあるが、夫婦の関係が良くなることは確実である。付け加えるなら、時間の使い方にメリハリができるようになり、仕事一筋だった頃の視野の狭さに気づくかもしれない。家事をする男性もしない男性もぜひ一読をお勧めしたい。(中央公論新社、1760円)

読売新聞
2024年7月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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