『サロメの断頭台』夕木春央著

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サロメの断頭台

『サロメの断頭台』

著者
夕木 春央 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065348956
発売日
2024/03/14
価格
2,310円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『サロメの断頭台』夕木春央著

[レビュアー] 遠藤秀紀(解剖学者・東京大教授)

絵画盗作巡る殺人の謎

 雪山の別荘でも大海原の船上でもないのに、二年前の宴会という記憶の中身を使って、「密室」が作られる。閉じ込められるのは、一癖も二癖もある画壇のメンバー。序盤で、彼らの名は絵画盗作事件の容疑者リストに固定される。加えて、欧州の美術収集家が日本に滞在する三か月間に真相究明が求められるという事情も成立。逃げ道の無い時限付きの「密室」、ここにテンポよく完成である。

 頁(ページ)に躍るのは、盗作容疑者の周辺人物たちだ。主人公、その親族、元窃盗犯、複数の舞台女優と知人、訳ありげな外科医……。てんでバラバラな人間相互の濃密な心理描写を期待する読者には、最高の配役だろう。

 「密室」内の誰もが犯行に関与し得る状況で、筆は犯人像とその動機を力強くリードしていく。盗作事案は、いつの間にか連続殺人事件に移行。自由奔放な芸術家たちのサロンで、順序立てられたかのように着実に進む凶悪犯罪。立て続けに起こる人殺しと、残された奇妙な外見の死体。事件の節々には、顔に傷をもつ女優と惚(ほ)れ惚(ぼ)れするほどの美男子が見え隠れする。恐ろしいシーンがちりばめられる一方で、「まだ何も分からないのだ」と白々しくもストーリーを煙(けむ)に巻く語り口が絶妙だ。

 著者十八番(おはこ)の大正ロマンが嬉(うれ)しい。古き良き日本の暮らしや風俗が背景を彩り、物語世界の空気は和やかに流れゆく。たとえ人殺しの闇が深まっても、画家たちの掛け合いや偏屈な画壇の小話が、読み手を笑いで救う。寄せては引く物語の心地よい波に、読者はうっかり身を委ねてしまうのだ。

 ところが、である。終盤、筋書きは大方の読み手が受容できる暴力性の範(はん)疇(ちゅう)を超えて、残虐と猟奇と倒錯の極みを呈する。ここに至っては異界に巣食う「密室」を心行くまで堪能する以外にない、卒倒しないように気持ちを強くもちながら。(講談社、2310円)

読売新聞
2024年7月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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