『隠された聖徳太子 近現代日本の偽史とオカルト文化』オリオン・クラウタウ著

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隠された聖徳太子

『隠された聖徳太子』

著者
オリオン・クラウタウ [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
哲学・宗教・心理学/宗教
ISBN
9784480076212
発売日
2024/05/10
価格
1,012円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『隠された聖徳太子 近現代日本の偽史とオカルト文化』オリオン・クラウタウ著

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

新たな太子像 探る魅力

 日本史において活躍した人物に関する後世の評価は、時代の移り変わりとともに大きく変わる。だが、聖徳太子ほど、その変化の幅が広い例は珍しいだろう。すでに『日本書紀』において誕生の場面や予知能力が描かれ、その存在を神仏と似た存在であると説く物語が登場しており、民間の太子信仰の伝統の出発点となっていた。その他面で江戸時代には、崇峻天皇の暗殺を黙認した不忠の皇族という否定的な像も流布してゆく。

 そして近代になると、聖徳太子のイメージはさらに独特の変化を見せるようになる。「憲法十七条」に掲げられた「和」の倫理が、戦前には日本精神論、戦後には民主主義と結びつけられて宣伝されたことがすでに知られているが、宗教性・神秘性と結びついた聖徳太子像が、とりわけ戦後に流布するようになる。本書でオリオン・クラウタウが跡づけるその軌跡は、とても興味ぶかい。

 すでに二十世紀初頭から、「厩(うまや)戸(ど)」という太子の名前に、馬小屋で生まれたとされるイエス・キリストの出生譚(たん)からの影響を説く学説があった。その構想が戦後にはさらに肥大して、聖徳太子自身もキリスト教に触れていたとする、司馬遼太郎の初期小説も登場する。

 さらに梅原猛の『隠された十字架』が、法隆寺は聖徳太子の怨霊を鎮める寺であると主張したのは有名であるが、梅原も聖徳太子の伝説に見える超能力や、キリスト教との関連を指摘していた。こうした見解が一九七〇年代のオカルトブームを背景にしながら、山岸凉子の長(ちょう)篇(へん)漫画『日(ひ)出(いづる)処(ところ)の天子』や、聖徳太子の「予言」を語る著者たちを生み出してゆく。

 学校で習う知識からは見えない「隠された」歴史にみずからの理想を投影する、一般の読者の願望。従来の見解とは異なった歴史像を示し、「過去の異なる可能性」を示そうとする歴史学者の動機。両者がおたがいに組みあったところに「偽史」が生まれる。学問と非学問との危うい交流のうちに働いている思想の運動が、予想をこえて発してくる魅力を、本書は十分に教えてくれる。(ちくま新書、1012円)

読売新聞
2024年7月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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