『トラフィッキング・データ デジタル主権をめぐる米中の攻防』アン・コカス著

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トラフィッキング・データ

『トラフィッキング・データ』

著者
アン・コカス [著]/中嶋聖雄 [監修、訳]/岡野寿彦 [訳]
出版社
日経BP 日本経済新聞出版
ジャンル
社会科学/経営
ISBN
9784296116508
発売日
2024/03/18
価格
3,850円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『トラフィッキング・データ デジタル主権をめぐる米中の攻防』アン・コカス著

[レビュアー] 遠藤乾(国際政治学者・東京大教授)

中国へ情報流出 米に警鐘

 米国における気鋭の中国メディア研究者が著した警世の書。面白い。

 本書で言うトラフィッキングは、単なる移転でも非合法な窃取でもない。消費者の合意の上で提供されたものが、消費地以外の外国の国家戦略に利用されてしまうこと。その対象となるデータは、個人や企業等の専有情報だ。個人の購買・金融情報はもちろん、次世代にまたがるゲノム生体情報から性的指向、はては本人が隠している本音や感情を含む。農業から宇宙にまたがる国家戦略的な情報もまたしかり。

 問題は、そうしたデータが、世界的な商取引の中心地である米国から中国に流出することだ。結果、世界中の人々の自由、政府の安全がリスクにさらされる。なぜそんなことがまかり通るのか。

 それは、米国の自由開放と中国の権威主義による協奏曲なのだ。米国では、利潤と技術革新を追求する巨大テックとの関係で個人も政府も弱含み。規制は地域や分野で分断され、一貫しない。収益と安全のバランスが取れないなか、経済自体は開放と成長を志向し、中国市場にも出ていく。

 逆に中国ではデータは国内に囲い込まれ、従わない企業は消されうる。一貫した国家戦略と拡張的な主権概念の下、データの国内蓄積が奨励される。他方、海外100以上の都市で中国系企業が顔認証情報を採取し、買収した国際企業が米国で得たデータは自前で解析する。中国で米企業が得たデータは中国に留め置かれるのに、だ。

 この非対称性は、カール・ポパー流の「寛容のパラドックス」を提起すると著者はいう。権威主義から自らを保護しない開放経済は、その寛容さゆえに自壊するというものだ。それを防ぐため、自由放縦にも権威主義にも流れず、安定化の楔(くさび)を打つことで、データ流出を管理する術(すべ)が模索される。

 米国という放縦デジタル資本主義国と中国という拡張的サイバー主権体のはざまにあって、さて日本は、この本からどのような示唆を得るのだろうか。中嶋聖雄監訳、岡野寿彦訳。(日本経済新聞出版、3850円)

読売新聞
2024年6月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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