著作が“炎上”した「ルソー」はどうしたか? すべて「陰謀」のせいにして開き直る…散歩中の思いを書き留めた一冊が面白い!

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孤独な散歩者の夢想

『孤独な散歩者の夢想』

著者
ルソー [著]/永田 千奈 [訳]
出版社
光文社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784334752576
発売日
2012/09/12
価格
1,089円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

もし私がギュゲスの指輪をもっていたら

[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「指輪」です

 ***

 ジャン=ジャック・ルソー、老年の趣味は散歩である。パリの街を一人歩く。するとよしなしごとが心に浮かんでくる。それを書き留めたのが『孤独な散歩者の夢想』(永田千奈訳)だ。

 ルソーは画期的著作によって今でいう炎上の連続、四面楚歌の状況だった。すべては恐ろしい「陰謀」のせいだと信じ込み、苦悶する。やがて開き直った。世間など捨て去って残された日々を過ごそう。そして孤独な散歩を「無心の生活」の支えとしたのである。

 有名人になったのが間違いだった。だれにも知られないままでいれば幸せだった。そこで空想が広がる。

「もし私がギュゲスの指輪をもっていたら」

 プラトンの『国家』に出てくる、それをはめた者の姿を見えなくする指輪のことである。そんな指輪が手に入ったとしたら?

 自分はきっと、みんなの幸せのためにそれを使うだろう。私利私欲のために悪用したりはしない。「神の摂理の代行者」としてふるまうつもりだ。

 ちょっと立派すぎませんかという声が聞こえたか、ルソーは急に思い直す。いや、だれにも見られずどこにでも入れるのはあまりに危険な「誘惑」だ。理性では到底、抑えられそうもない。

「馬鹿なことをしでかす前に魔法の指輪を捨ててしまったほうが賢明かもしれない」

 どんな恥ずかしい事態を想像したかは書かれていないが、その暗黙の部分に読者は興味と共感を誘われる。

新潮社 週刊新潮
2024年7月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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