特定ジャンルにカテゴライズできない 今、一番注目すべき才能の持ち主!

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嘘つき姫

『嘘つき姫』

著者
坂崎 かおる [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784309031781
発売日
2024/03/27
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

特定ジャンルにカテゴライズできない 今、一番注目すべき才能の持ち主!

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 坂崎かおるは、二〇二〇年「リモート」で第一回かぐやSFコンテスト審査員特別賞を受賞し、今年「ベルを鳴らして」で第七十七回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。「海岸通り」という作品は、七月十七日に選考が行われる第一七一回芥川賞の候補になっている。つまり、特定のジャンルにカテゴライズできない才能の持ち主である。

 初の単著『嘘つき姫』は、大戦のさなかに出会った二人の少女が痛切な嘘をつく表題作など九編を収録。舞台となっている時代や場所はさまざまだが、いずれも社会における少数者がクローズアップされ、張りつめた関係が描かれ、ある世界は崩壊し、大きな謎が残される。残されるからこそ、引き込まれてしまう。

 たとえば「電信柱より」。電信柱の切断作業を請け負っているリサという女性が、切り倒すよう依頼された電信柱に恋をする話だ。リサは性的指向が電信柱に向いているわけではない。ただ、その電信柱だけに強く心惹かれた経緯を告白する。凡庸かつ古びた木製の電信柱を、唯一無二の、美しく艶かしい存在として想像させる語り口が見事だ。電信柱の立つ裏路地に住む「私」と妻は、リサの一途な想いに絆され、彼女のために妙案を思いつくが……。幸せな結末にならなかった理由は説明していないのに、何か決定的なものが失われたことは伝わってくる。際立たせた喪失の輪郭の内部を埋めることは、読者に委ねられているのだ。

「私のつまと、私のはは」は、同性カップルがAR(拡張現実)グラスを用いた子育て体験キットを育てる話。いずれは「精子ドナー」を見つけて子どもをもつことを考えていた二人が、仮想の赤ん坊に翻弄される。主人公は赤ん坊の世話に疲弊して嫌悪感をおぼえ、パートナーは育児にのめり込んでいく。育てるという営みの異様な本質を浮かび上がらせて、凄まじく恐ろしい。自分のなかにある〈普通〉も揺らぐ。

新潮社 週刊新潮
2024年7月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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