「東京宝塚劇場」で「風船爆弾」を作った少女達の物語 綿密な調査・取材で描き出す

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

女の子たち風船爆弾をつくる

『女の子たち風船爆弾をつくる』

著者
小林 エリカ [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163918358
発売日
2024/05/15
価格
2,750円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「東京宝塚劇場」で造られた爆弾が風まかせに漂い、令和まで届く

[レビュアー] 伊藤氏貴(明治大学文学部准教授、文芸評論家)

 風船爆弾、と言っても、今しも朝鮮半島のビラや汚物を載せて三十八度線上を飛び交っているものとは違う。本物の爆弾を吊るして偏西風に乗り、遠くアメリカ本土へと飛ばされた、日本軍の特殊兵器である。

 大した戦果も挙げず、大々的に語られることもあまりなかったこの兵器は、しかし九千発も空へと放たれていた。これを造るにもそれなりの人数が必要で、当時の女学校の生徒たちが駆り出された。製造工場となったのは、東京宝塚劇場。舞台を潰された歌劇団の少女たちもまた、戦争に振り回されたと言える。

 この二つのグループが一九三五年から年代記的に追いかけられ、前者は「わたし」という一人称、後者は「少女たち」と三人称で表される。となると、読者は視点人物たる前者に感情移入しそうだが、作者はそれを許さない。綿密な調査・取材を基に短い文で淡々と事実を語る作者は、安易に少女たちの内面に踏み入ることを自らに禁じているからだ。

 一人称が複数形になり、たとえば「わたしたちの陸軍記念日」、「わたしたちがナチ党のドイツとファシスト党のイタリア」と「協定を結んだ」というとき、少女たちはたんに学徒動員され、青春を奪われた哀れな犠牲者ではない。その手で造られた風船爆弾は、妊娠中の女性一名を含む計六名の民間人の命を奪った。戦争はこうして、加害者となる悲劇に人を巻き込んでいく。自分のしていることは無駄でないと思いたい各人の願いが、この状況に拍車をかける。

 この年代記は終戦で閉じられることはなく、なんと令和五年までつづく。それはもちろん、現在の「わたしたち」へと記憶を繋げるためだろう。自らの意志もなく風まかせに漂い、ほとんどが無駄になりつつ、たまさか民間人を犠牲にする役にしか立たなかった風船爆弾を、たんなる愚物と忘却するならば、加害者としての「わたしたち」の輪は再び広がりゆくに違いない。

新潮社 週刊新潮
2024年7月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク