『核燃料サイクルという迷宮』
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<書評>『核燃料サイクルという迷宮』山本義隆 著
[レビュアー] 藤原辰史(京都大人文科学研究所准教授)
◆資金、安全面…破綻した技術
核燃料サイクルとは、軽水炉での「燃焼後」の「燃え残り」であるウラン、非燃性ウランが中性子を吸収したときに生ずるプルトニウムを「再利用」して発電する技術である。
だが、たとえば、プルトニウムはウランの10万倍の毒性を有し、半減期が2万4千年で、実質的に安全になるまで数十万年かかり、保存だけで長期にわたる作業者の被曝(ばく)と膨大な資金が要求される。
核燃料サイクルは、兆単位で投入してきた税金も無駄にし、技術的にも極めて困難であることが確定しており、日本の官僚たちや政治家たちにも理解している人はいるのに、なぜ撤退までこんなにもこじらせるのか。
そもそも安全性を軽視した潜水艦用の原子炉である軽水炉を地震の少ないアメリカから輸入して、ほとんど安全面の改良をせずに用いているどころか、その使用年数を60年超にまで引き上げて、新たに「改良」した軽水炉を増やそうとする現政権の時代錯誤はどこからくるのか。
英国の再処理工場の近くで小児白血病の発生率が10倍高くなったことも報告されているが、地球温暖化対策として導入されるにはあまりにも長期的な損害をもたらす。
こうした原子力行政のグズグズの理由を、本書は、日本の「核ナショナリズム」と「核抑止力の温存」の二つにみる。プルトニウムの核兵器を製造できるという他国に対する「抑止力」の重要性を、著名な政治学者から政治家まで共有しているが、それは逆にこの国の弱点を他国に示すことになる。国際法では、再処理施設や使用済み核燃料貯蔵施設は攻撃の禁止対象から除外されているのである。
村営や町営、協同組合の電気事業が主流だった時代もあったが、電力の中央集権化がこうした先駆的試みを破壊してきた歴史も紹介されている。物理学の専門知識を基盤に、「科学」そのものを相対化する重厚な科学史を執筆し高く評価されてきた著者。本書の記述も期待を裏切らないパワフルさである。注も読み飛ばさないほうがいい。内容が豊富で、とても役立つ。
(みすず書房・2860円)
1941年生まれ。駿台予備学校勤務、科学史家。『近代日本一五〇年』など。
◆もう一冊
『原子・原子核・原子力 わたしが講義で伝えたかったこと』山本義隆著(岩波書店)