『キミは文学を知らない。 小説家・山本兼一とわたしの好きな「文学」のこと』山本英子著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

キミは文学を知らない。

『キミは文学を知らない。』

著者
山本英子 [著]
出版社
灯光舎
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784909992109
発売日
2024/04/25
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『キミは文学を知らない。 小説家・山本兼一とわたしの好きな「文学」のこと』山本英子著

[レビュアー] 尾崎世界観(ミュージシャン・作家)

作家夫婦 苦悩と喜び

 多くの人が何かに憧れ、それを目標にしたり、支えにしたりしながら、日々を生きている。自分も10代の頃、ミュージシャンに憧れバンドを組んだ。そうして、やがて好きなことが仕事になるのが、どんなに幸せで、どんなに辛(つら)いか。憧れを越えた者にしかわからない苦しみ、孤独、葛藤。そしてそれらを一瞬でひっくり返してしまう喜びややり甲(が)斐(い)が、本書にはしっかり描かれている。

 この本の中で著者の山本英子さんが見せる顔は実に様々だ。前半は妻として。夫である山本兼一さんが46才で遅咲きの新人作家としてデビューし、松本清張賞や直木賞を受賞するまでを綴(つづ)る。中盤では作家として。自らが「つくもようこ」としてデビューするまでと、それからの苦悩や学びなどが丁寧に語られる。後半は妻であり作家として。亡き夫、山本兼一さんの足跡を辿(たど)りながら、一つ一つ噛(か)みしめるように、自らにとって「文学」が何なのかを確かめていく。

 ある時は恋人、またある時は友、そしてある時は師弟、さらにはライバルと、二人の関係は夫婦という枠には囚(とら)われない。亡き夫の足跡を辿る。ただこれはよくある「夫婦の愛の物語」などではない。読み進めるうち、表現者としての著者が徐々に顔を出す。山本兼一さんが仕事へ向き合う姿。そこに惹(ひ)かれれば惹かれるほど、自身の表現に対する欲望に気づかされる。人はいくつもの顔を持っていて、無意識のうちに、それぞれの場面でそれらを使い分けている。そうして忙しく揺れ動く感情が素直に綴られているのも良い。

 とりわけ、著者の世界との距離の取り方が面白い。

 「馬のワンポイントがついたポロシャツ」

 こうしたさりげない言い回しからも、独特の距離を取って世界を捉えていることが伝わってくる。だからこそ、大切な人や物事にグッとフォーカスする時の解像度に説得力があるのだろう。こんな夫婦に憧れる。(灯光舎、2200円)

読売新聞
2024年6月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク