『闇の中をどこまで高く』セコイア・ナガマツ著

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闇の中をどこまで高く

『闇の中をどこまで高く』

著者
セコイア・ナガマツ [著]/金子 浩 [訳]
出版社
東京創元社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784488016883
発売日
2024/03/09
価格
3,080円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『闇の中をどこまで高く』セコイア・ナガマツ著

[レビュアー] 長田育恵(劇作家・脚本家)

未知の感染症描くSF

 詩的な表題にまず惹(ひ)かれた。この虚空はどこにあるのか。「闇」にとらわれ落ちゆく感覚と浮遊感が同時に存在する。このヴィジョンを内包する章『記憶の庭を通って』を読み、生命活動の果てにある、大きな意志を信じたくなった。

 アクチュアルでありながら壮大なスケールをもつSF小説だ。シベリアの永久凍土が気候変動で解け、三万年前の少女の死体が見つかる。死体から発見されたウイルスがパンデミックを引き起こす。「北極病」と名付けられた感染症は全世界に波及。ウイルスは変異を繰り返し、治療法も見つからぬまま人類は数を減らしゆく。その過酷な世界の「日常」を、本書はそれぞれ主人公が異なる14章の断片から描き出す。

 各章の主人公は身近な誰かを喪(うしな)った人々だ。着想に圧倒された章は『笑いの街』。主人公はロサンゼルスのコメディアン。罹(り)患(かん)した子供たちを安楽死させるためのパークで働いている。『豚息子』では、息子を亡くしたドクターが人間への臓器移植用に遺伝子改良された豚と心を通わせ、屠(と)殺(さつ)の刻まで物語を語り聞かせる(その物語のチョイスの見事さ!)。葬儀の新形態で死者との別れを提供するホテル、故人の音声が録音されたロボドッグ、VR越しの交流、新興宗教など、喪失感をまとうパンデミック禍の日常と心理がリアリティをもって綴(つづ)られている。

 興味深いのは各章の主人公たちが、ゆるやかに繋(つな)がり合っていること。各章を時系列に組み合わせれば、架空のパンデミック禍の現代史が浮かび上がってくる。さらに恒星間宇宙船で銀河系を脱する人々が現れると物語はSFとして遠心力を増す。六千年以上先の遠未来や、人類史以前の遥(はる)か過去まで照らし出していくのだ。

 終末世界を描きながらも、眼(まな)差(ざ)しは温かい。どんな状況下でも営みは普遍であり、人々は他者との繋がりを求め、やるべきことに取り組んでいるから。そう、「闇」の中でさえ、私たちにはまだできることはあるのだと。金子浩訳。(東京創元社、3080円)

読売新聞
2024年6月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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