『天気でよみとく名画 フェルメールのち浮世絵、ときどきマンガ』長谷部愛著

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天気でよみとく名画

『天気でよみとく名画』

著者
長谷部愛 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
芸術・生活/絵画・彫刻
ISBN
9784121508102
発売日
2024/02/09
価格
1,100円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『天気でよみとく名画 フェルメールのち浮世絵、ときどきマンガ』長谷部愛著

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

気象予報士 美の新視点

 古今東西の名画や近年の大ヒット漫画の描写を、気象予報士が気象学の観点から眺めてみたら何が見えるか。本書はそんな新しい美術鑑賞法をガイドしてくれる一冊です。

 第1章では17世紀のオランダ絵画が登場する。作品の絶対数が少ない(40点弱)フェルメール、そのなかでもわずか2点しかない風景画に描かれている美しい空は、気象学的にも見所満載で、雲の動きまで描かれており、「天気番組のバーチャルCGのよう」。降水確率を弾(はじ)き出すことができるというから凄(すご)いではありませんか。第2章は、日本と共通の気象条件を持つイギリスの絵画の魅力を分析すると、共通の絵画技法が見えてくるというお話。第3章では、みんな大好きフランスの印象派絵画を気象予報士の立場で見つめ直す。この派の先駆者的存在ウジェーヌ・ブーダンは、「見ただけで、季節・時刻・風向きがわかる」と当時から絶賛されていたのだという。日常と自然を重んじる印象派の美は、写実の美でもあるのですね。実際にはありそうにないゴッホ《星月夜》の空の渦巻きや星の大きさも、芸術的表現であると同時に気象学的にも何かを強烈に表しているのではないか? 著者の考察が導き出した答えはいかに。ムンク《叫び》の背景にある歴史的な火山の大噴火や、モネ《チャリング・クロス橋》に描かれた産業革命の影響とは。

 第4章は我が国の浮世絵です。にわか雨、真っ赤な夕焼け、蜃(しん)気(き)楼(ろう)、月の周りの不思議な輪、「風」の演出等々、広重・北斎・国芳の描いた空と雲と雨、豊かな自然を観賞。続く補章がマンガ・アニメに描かれる気象現象の分析で、大人気のタイトルがいくつか出てきます。気象にまつわる小さな描写から作者の出身地を推察できるとか、『鬼滅の刃』の「霞の呼吸」の技の一つ「移流斬り」が、気象用語の「移流霧」を踏まえているのではないかとか、読後すぐ誰かとおしゃべりしたくなりますよ。(中公新書ラクレ、1100円)

読売新聞
2024年6月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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