『世界を変えた8つの企業』ウィリアム・マグヌソン著

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世界を変えた8つの企業

『世界を変えた8つの企業』

著者
ウィリアム・マグヌソン [著]/黒輪 篤嗣 [訳]
出版社
東洋経済新報社
ジャンル
社会科学/経営
ISBN
9784492503539
発売日
2024/04/17
価格
3,080円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『世界を変えた8つの企業』ウィリアム・マグヌソン著

[レビュアー] 櫻川昌哉(経済学者・慶応大教授)

利潤追求がもたらす功罪

 この書は、企業とは何か、そして企業は何のために存在するのかを根本から考えようとする。アダム・スミスは『国富論』のなかで、企業の利潤追求は市場の見えざる手に導かれて、社会的利益に還元されることが“多い”と述べている。著者はこの“多い”という表現に注目する。

 歴史上、古代ローマ時代に企業という事業を営む集団が発明されて以来、企業は新機軸(イノベーション)の担い手となる。この書で取り上げる新機軸は、銀行ビジネス、株式会社制度、独占、大量生産方式、多国籍企業、乗っ取り屋、スタートアップ企業である。そして先駆者として社会に絶大な影響を及ぼしてきた8つの企業の功と罪について語る。

 東インド会社は、有限責任で守られた本格的な株式会社制度を創始し、投資家が安心して大規模な事業に取り組める会社組織を確立したが、インド経済を収奪し、植民地化の道を開いた。フォードは大量生産方式を開発して、安価で性能の良い自動車を人々に供給したが、同時に非人間的な労働環境をもつくり出した。

 世界初の多国籍企業であるエクソンは、世界中の石油を掘り起こしてエネルギーの安定供給に貢献をしたが、国と国を天(てん)秤(びん)にかけて環境規制への流れを歪(ゆが)めた。

 フェイスブックは、インターネットを通じて何十億の人々が繋(つな)がれる画期的なメソッドを開発したが、自由な発信を野放しにしたことで誤った意見や過激な意見を社会に氾濫させ、民主主義を危険な方向に導いたと手厳しい。

 著者は、人々の協業の場を提供する企業が社会に新機軸を提供し、莫(ばく)大(だい)な利益を生み出してきた事実を認める。とはいえ、必ずしも社会的共通善に結びついていないと批判する。企業の本来の目的は共通善の促進にあるとし、利潤追求はその限りにおいて正当化されると説く。

 上場企業は英語では“public company”と呼ばれる。つまり企業は株式を上場した瞬間、公共性をもとめられるという意味である。企業と社会の関係はどうあるべきか、深く考えさせてくれる書である。黒輪篤嗣訳。(東洋経済新報社、3080円)

読売新聞
2024年6月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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