『明治二十一年六月三日─鴎外「ベルリン写真」の謎を解く』
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〈奇跡ともいえる瞬間だった〉
[レビュアー] 北村薫(作家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「名医」です
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山崎光夫の『明治二十一年六月三日 鴎外「ベルリン写真」の謎を解く』に登場するのは、日本近代医学黎明期の人々です。
この本と、ありふれた列伝との違いは、長い題名が示す通り、日本から遠く離れたベルリンの写真館で撮られた、十九名もの〈国家を背負った、いわばエリート医学者集団〉の集合写真について語られているところにあります。時の流れの一点で、これだけの人物がカメラの前に揃った。これは〈奇跡ともいえる瞬間だった〉と著者はいいます。
森鴎外の『舞姫』は、よく国語の教科書に、教材として取り上げられます。この写真を、わたしはそこで見たのかも知れません。あるいは文学全集で、か。とにかく、目にすれば、
――ああ、これ……。
と思われる方が、必ずいるはずです。
集合写真の後列、向かって左端にいるのが鴎外。一人おいて隣が中浜東一郎。かのジョン万次郎の長男。さらに、医学界の巨人、北里柴三郎の姿も見えます。著者はそこで、鴎外の文章「北里と中濱と」における、二人の人物評を引いてくれます。
この本が素晴らしいのは、そういった主役級の人たちだけではなく、前記の、普通の紹介文なら一人おいて――となってしまうような人物までも追い、光を当てているところにあります。それにより、時代を描くことに成功しているのです。
さらに周到な筆は、その場に居合わせなかった重要人物たちにまで及ぶのです。