エンタメ書評の偉大な先駆者を復刊文庫で振り返る

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エンタメ書評の偉大な先駆者を復刊文庫で振り返る

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 昨年1月に世を去った北上次郎氏は、エンターテインメント書評の偉大な先駆者。数ある功績のひとつは、それまでぼんやりとしか存在しなかった“冒険小説”の輪郭をくっきりと描き、ジャンルとして確立させたことだろう。

 そのランドマークとも言うべき『冒険小説論』が今春復刊された。〈ミステリマガジン〉連載をもとに1993年に単行本化、翌年の日本推理作家協会賞を受賞した名著。「近代ヒーロー像一〇〇年の変遷」の副題通り、スティーヴンスン『宝島』(1883年)から約1世紀にわたるヒーローたちの歴史を躍動感あふれる文章で語りつくす。

 前半は、ドイルの騎士道小説、アメリカの西部劇、デュマの剣豪小説、ヴェルヌの科学小説から、ルパン、ターザン、ホーンブロワーに悪党パーカー、〈競馬〉シリーズに至る欧米編。題名も聞いたことがないような忘れられた古典も、著者一流の名調子で鮮やかに甦る。短い『水滸伝』論をはさんで、後半は日本編。『南総里見八犬伝』から夢枕獏まで、“血湧き肉躍る物語”の系譜をたどる。

 その『冒険小説論』と対をなす“現場実況編”が、〈小説推理〉の新刊ミステリ時評(1978~1982年)をまとめた『冒険小説の時代』(集英社文庫)。1984年に単行本化され、日本冒険小説協会の最優秀評論大賞を受賞。“冒険小説の時代”の到来を高らかに宣言し、80年代後半の冒険小説ブームを準備した。現在入手困難なので、こちらも復刊が望まれる。

 2015年に文庫オリジナルで出た『勝手に! 文庫解説』(集英社文庫)は、依頼されてもいないのに書きたいから書いた巻末解説(という体の評論)30本を収める前代未聞の1冊。文庫解説を(読むのも書くのも)愛してやまなかった北上さんならではの快(怪?)企画だ。最後の回では、ファンタジーは苦手と公言する著者がG・R・R・マーティンの大河ファンタジー「氷と炎の歌」シリーズ(ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」原作)を23ページかけてアクロバティックに絶賛する。もう爆笑です。

新潮社 週刊新潮
2024年6月27日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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