「余命10年」の娘のために医療と無縁の「町工場社長」夫妻が人工心臓の開発に挑む…大泉洋の主演映画『ディア・ファミリー』原作を紹介

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アトムの心臓 「ディア・ファミリー」23年間の記録

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」23年間の記録』

著者
清武 英利 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784167922009
発売日
2024/04/09
価格
770円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

余命10年。娘を救う人工心臓の開発に挑んだ〈町工場社長の矜持〉

[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)

 新型コロナパンデミックのころ、通常では救命困難な重症呼吸不全患者にECMO(体外式膜型人工肺)を装着させた姿がニュース映像となった。あんなにも大規模な装置でなければ救命できないのか、と驚かされた人も多いだろう。命を助ける装置の開発は困難を極める、ということは想像に難くない。

 本書は先天的な心臓の難病を抱えて生まれた娘を持つ、本来医療とは無縁の町工場の社長と家族が、その命を支えるため、人工心臓の開発を目指した23年間の記録である。

 筒井宣政・陽子夫妻が一九六八年に授かった次女の佳美は「三尖弁閉鎖症」という、血液が体内に正常に流れない難病に侵されていた。さらに彼女の身体には欠陥箇所が七か所も発見され、手術は不可能。このまま温存すれば10年ほどは生きられるかもしれない、と医師から言われる。

 宣政は、名古屋市にあるビニール樹脂をホースやロープなどに加工する町工場の二代目だった。傾きかけた工場を立て直すための起死回生のアイデアがアフリカで受け、二千万円を超える預金をつくり、これを佳美の治療に使うつもりだった。

 だが世界中探しても、彼女を手術で救える病院は見つからない。

 ある日、東京女子医大病院の心臓外科で、新しい治療法として「人工心臓」の研究を一緒にやらないか、という誘いを受ける。頭に浮かぶのは鉄腕アトムが胸の扉をパカッと開けて見せる、あの心臓だ。

 宣政は人工心臓の開発に邁進することを決意する。妻の陽子、長女の奈美、三女の寿美は、佳美の生活を全面的に支え続ける。

 だが医療用の器械が認可されるためのハードルは高い。苦難は続くが、町工場の社長の矜持がそれを支えた。

 本書は六月十四日に公開された映画『ディア・ファミリー』の原作だ。厳格で一途な父親を大泉洋が演じている。

新潮社 週刊新潮
2024年6月27日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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