実は福澤諭吉も言っていた!「東大の学費を値上げすべき」と慶應義塾長が提言した背景にある“伝統”とは

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「反・東大」の思想史

『「反・東大」の思想史』

著者
尾原宏之 [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784106039096
発売日
2024/05/22
価格
1,980円(税込)

河野有理×森本あんり「日本の『反知性主義』を問い直す」尾原宏之『「反・東大」の思想史』刊行記念 前編

[レビュアー] 新潮社


福澤諭吉(出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」)

「国立大の学費を年間150万円に値上げすべき」――慶応義塾長が文部科学省の審議会で提言して、物議を醸している。SNSでは「低所得者層が進学できなくなる」など反発の声が広がった。

 だが、東京大学に対抗しようとした人々の歴史を描いた『「反・東大」の思想史』(尾原宏之、新潮選書)には、実は慶応義塾の創立者である福澤諭吉も、同じ趣旨の発言をしていたことが記されている。

 同書を読んだ法政大学教授の河野有理さんと、東京女子大学学長の森本あんりさんが、「反・東大」側が繰り広げてきた闘争の歴史について語った。

***

■日本における「反知性主義」?

河野:尾原宏之さんの『「反・東大」の思想史』(以下、『反・東大』と表記)を読んで、この本をめぐって対談をするなら、ぜひ『反知性主義』の著者である森本あんりさんにお願いしたいと思いました。というのも、まさにこれは日本版の『反知性主義』として読めますし、またそのように読むべきだと思ったからです。

森本:ありがとうございます。アメリカにおける反知性主義(anti-intellectualism)とは、名門大学出身のインテリ階級が権力と結びつくことへの反感であり、キリスト教の信仰復興運動(リバイバリズム)から生み出されたイデオロギーです。それは「ハーバード主義・イェール主義・プリンストン主義」(Harvardism, Yalism, Princetonism)への反抗という側面があると拙著でも説明しましたから、日本で言えば、たしかに「反・東大」になりますね。

河野:尾原さんの本は、労働運動における「反・東大」を扱った第7章以外は、すべて大学を舞台にした話になっています。それだけに、われわれ大学教員にとっては非常に身につまされる話が多いですね。

森本:たしかに(笑)。教員の目線からしても学長の目線からしても、現在の大学改革の話に通じるような議論がすでに明治大正期から行われていたことを知って、とても興味深く思いました。

■「国立大学の学費値上げ」は慶應義塾の悲願?


法政大学教授の河野有理さん

河野:大学改革と言えば、最近、中央教育審議会の特別部会で、慶應義塾長の伊藤公平さんが、「国立大学の学費を100万円値上げすべき」と提言して物議を醸しました。「教育費を値上げしろなんて、とんでもない」と思った人も多いかもしれません。

しかし興味深いことに、『反・東大』の第1章には、すでに同じようなことを福澤諭吉が1887(明治20)年の時点で主張していたことが書かれています。「官学が政府の力をバックに不当な安値でよい品物を叩き売るダンピング行為をするから、私学の発達が阻害される」というのが、その理由です。そのような経緯を知ると、なるほど慶應義塾長がそのような提言をするのには歴史的必然性があるんだな、と思いました。

森本:伊藤塾長は以前から国立大の授業料の値上げについて提言されていたのですが、じつは私もそれには大賛成なんです。もちろん、奨学金の拡充とセットであることが前提ですし、また地方の国立大学まで一律に値上げする必要はないと思います。

しかし、現実問題として教育にはお金がかかりますから、それを誰がどのように負担するかです。とりわけ東大は、統計的に裕福な家庭の子女が進学しているというデータが出ているわけですから、裕福ではない学生向けの奨学金をしっかり手当てした上で、一般学生の授業料を値上げするというのは理に適った話です。日本の大学の学費は安すぎて、一方でアメリカの大学の学費は高すぎて、どちらも問題だと思います。

新潮社 考える人
2024年6月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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