『NHKは誰のものか』
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<書評>『NHKは誰のものか』長井暁(さとる) 著
[レビュアー] 臺宏士(ジャーナリスト)
◆現場証言交え支配の構造暴く
NHKに受信料をこのままこれからも払い続けなければならないのだろうか。本書を手にすれば、誰もがそういう読後感を味わうに違いない。
「慰安婦」を取り上げたNHK番組を巡り、安倍晋三氏ら政治家からの圧力で改変させられたと2005年に職員として告発した著者が、その後もNHKと政権との歪(ゆが)んだ関係が続く実態を近年の事例に照らして改めて世に問うた。
24年2月、東京地裁はNHKと森下俊三経営委員長(当時)に議事録(録音データ)の開示などを命じる判決を言い渡した。かんぽ生命保険の不正販売をスクープした番組に関連して郵政3社の抗議を受けた委員会は18年、上田良一会長(同)に厳重注意し、続編の放送は、かんぽ生命側が不正を認めた後になった。著者は21年、真相を明らかにしようと仲間とともに議事録の開示を求める裁判に踏み切る。森下氏が厳重注意した根拠を「視聴者対応」と証言した一問一答は興味深い。09年に退職した著者は、19年に発覚したこの問題を機にNHKに再び向き合おうと決意した。
異常な事態は収まらない。
20年、菅義偉(すがよしひで)氏が首相に就任した直後に起きた日本学術会議の任命拒否問題を扱う番組では、「政府寄り」の有識者インタビューを追加したり、21年にはコロナ禍での東京五輪・パラリンピック開催の是非を考えるNHKスペシャルの収録を延期するなど、権力者に忖度(そんたく)する幹部の振る舞いは番組改変問題に重なる。
官邸の意を汲(く)んだ財界出身の会長(任期は3年)は5人も続く。著者らは22年、前川喜平氏を推薦候補とする市民運動を起こしたが、首相が任命する経営委員の全員が現会長の稲葉延雄(のぶお)氏を選んだ。著者は「良い番組をたくさん放送しても、政治権力からの自主自律を堅持できないのであれば、公共放送を名乗る資格はない」と断じる。野党も合意できる人物を経営委員に選ぶ仕組みなどを提案する。
「安倍一強」の時代に浸透した官邸によるNHK支配の構造を現場証言を交えて丹念に描いた本書のタイトルへの答えは記すまでもないだろう。
(地平社・2640円)
ジャーナリスト、元NHKチーフ・プロデューサー。1987年入局。
◆もう一冊
『公共放送NHKはどうあるべきか 「前川喜平さんを会長に」運動の記録』(三一書房)