平家を滅亡に追い込んだ壇ノ浦の戦いで消えた三種の神器「草薙の剣」を探す…日本史最大の謎に挑んだ歴史小説 書評家・大森望が解説

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さまよえる神剣

『さまよえる神剣』

著者
玉岡 かおる [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103737186
発売日
2024/04/17
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

モダンかつ斬新な歴史幻想絵巻

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

「安徳帝は入水せず、三種の神器の剣とともに土佐山中に消えた」

 この伝承を信じ、後鳥羽上皇のため神剣探索の旅に出た若武者の旅を描いた歴史小説『さまよえる神剣』(新潮社)が刊行された。

 著者は『お家さん』『帆神』『銀のみち一条』などを執筆する玉岡かおるさん。日本史最大の謎に挑んだ新境地の読みどころとは?

大森望・評「モダンかつ斬新な歴史幻想絵巻」

 平家を滅亡に追い込んだ壇ノ浦の戦い(1185年)の終盤、もはやこれまでと観念した二位の尼(平時子)は、まだ幼い孫の安徳天皇を抱き、「浪の下にも都のさぶらふぞ」と慰めの言葉をかけて入水する。長く愛されつづける『平家物語』の中でも一、二を争う名場面だろう。三種の神器のひとつ、天叢雲剣(草薙剣)はこのとき関門海峡の海中に没したまま、現在にいたるまで発見されていない。

 玉岡かおるの書き下ろし長編『さまよえる神剣』は、この失われた宝剣の行方に焦点を当てるなんともユニークなロードノベル。歴史ミステリーと伝奇小説と幻想文学とファンタジーの要素をミックスして、いままで見たことのない物語世界を構築する。

 主人公は、鋼のように剛直な若き武人、小楯有綱。壇ノ浦の戦いから三十六年、承久の変で幕府軍に敗れて配流となった後鳥羽上皇が隠岐島に移送される途中、上皇の警護を命じられた西国武士の次男坊である。兄とともに上皇に舞を献上した有綱は、上皇の愛妾である伊賀局(亀菊)から、「そなたに、内密に、使者になってもらいたい」と使命を与えられる。だが、どこへどんな使いに行くのかと訊ねても、「時期が来ればわかる」と言うばかり。俺はいったい何をすればいいのか?

 四年後、有綱はついに旅立つ――自分に与えられた使命がなんなのかを知るために。手がかりは、伊賀局に託された一振りの太刀と、「剣」の一文字が記された扇だけ。太刀のことは刀匠に聞けとの助言を得て、最初に向かった先は備前長船。名匠の誉れ高い長船暁斎に太刀を見せたところ、上皇がみずから打った菊御刀であると判明。暁斎の一番弟子である伊織とともに伊予へ行けと指示される。どうやら、有綱に与えられた使命とは、壇ノ浦に消えた宝剣を探すことらしい……。

 こうして若き武士と若き刀工、やたら喧嘩ばかりしている凸凹コンビの珍道中が始まる。かつて上皇の寵愛を受けた女御の鈴虫が庵主をつとめる尼寺を訪ねた二人は、がたろ(河童)と呼ばれて囃し立てられている勝ち気な娘・奈岐と出会う。千里眼のような不思議な力を持つ彼女は、「剣は、土佐の山中にあるんだよ。龍の背骨のような山地ぞいに、いくつもいくつも深い山と谷を越えて」と言い、連れていってくれたら剣のありかを教えると持ちかける。一度は戯言と打ち捨てたものの、結局、二人は奈岐をともない、屋島を経由し、吉野川伝いに四国山地へと分け入っていく。

 ……というわけで、ここから先は、まるでファンタジーRPGのクエストと平家落人伝説が一体化したような探索行。モチーフは日本的だが、アーサー王伝説や『指輪物語』の香りもある。合間合間に時空を越えた奈岐の幻視が挿入され、不思議すぎるミッションの背景が少しずつ明らかになっていく。ちなみに私は高知出身なので、小歩危・大歩危を過ぎ、祖谷渓を通って剣山へと向かう三人の道中や“仁淀ブルー”の景観の描写がツボでした。

 小説の鍵を握るのは安徳天皇。幼帝の亡骸も見つかっていないため、さまざまな生存説がある。大河ドラマ「義経」では替え玉説(弟の守貞親王と入れ替えられて生き延びた)を採用していたし、宇月原晴明『安徳天皇漂海記』では四種めの神器たる真床追衾にくるまれ、天叢雲剣を携えて八歳の姿のまま眠りつづけている。現実にも、東北、九州、近畿など各地に安徳天皇伝説があるそうだが、そうした土地のひとつが土佐の横倉山。高知出身であるにもかかわらず、恥ずかしながら本書を読むまでまったく知らなかったのだが、逃げ延びた安徳帝が横倉山に行在所を築いて暮らし、二十三歳で崩御したとの伝説があるという。実際、Googleマップを見ると、横倉山のあちこちに「安徳天皇陵墓参考地」とか「平家穴」とか「安徳水」とか、ゆかりの場所が記されている。

『さまよえる神剣』は、安徳帝がいかにして生き延びたかの謎に迫ると同時に、なぜ伝説が必要とされたかを解き明かし、「そもそも天皇はなんのために存在するのか?」という根源的な問いにまでたどり着く。

 とはいえべつだん難解な小説ではなく、まさかのときにいつもかっこよく登場する宮さまこと交野宮国尊王(後鳥羽上皇の甥)や、一行をつけ狙う凄腕の殺し屋的なポジションの「鴉」などの脇役も含め、魅力的な人物たちが織りなす冒険物語であり、随所に実在の和歌が挿入される文学紀行でもある。

 エピローグでは、物語全体を包む外枠が明らかになり、プロローグと呼応して物語に美しく幕が引かれる。古典的でありながらモダンかつ斬新な歴史幻想絵巻だ。

新潮社 波
2024年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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