『「モディ化」するインド 大国幻想が生み出した権威主義』湊一樹著

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「モディ化」するインド―大国幻想が生み出した権威主義

『「モディ化」するインド―大国幻想が生み出した権威主義』

著者
湊一樹 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784121101525
発売日
2024/05/09
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『「モディ化」するインド 大国幻想が生み出した権威主義』湊一樹著

[レビュアー] 宮内悠介(作家)

「民主主義大国」の実像

 二〇〇二年、インド西部のグジャラート州でイスラム教徒を標的とした大規模な暴動が起きた。イスラム教徒の住居や店舗の特定には公的記録が用いられ、州政府機関が共謀していると見られた。このとき州のトップに立っていたのが、ナレンドラ・モディ。ヒンドゥー至上主義団体の民族奉仕団に八歳から参加し、先の総選挙で三期目に入るインドの首相だ。

 日本政府はインドについて、民主主義や法の支配といった点で「基本的価値を共有」していると位置づけてきた。しかしモディ政権下のインドでは民主主義が後退し、「専制の十二段階プログラム」をそのままなぞるように、権威主義化が進行したと本書は指摘する。

 たとえばメディアは統制され、捜査機関は野党や反対勢力を弾圧した。司法は政府の決定を追認し、SNSは政府に不都合な投稿を削除した。違憲の選挙債なるものが導入され、与党は莫大(ばくだい)な資金を得た。教科書はヒンドゥー至上主義にのっとって書き換えられ、宗教的少数派への差別や迫害が横行した。不都合な統計は隠された。モディ個人への崇拝が高まった。どのページを開いても、頭を抱えたくなってくる。

 本書が扱うイシューは幅広く、ここで網羅することは難しい。なので一つ、記憶に新しく、かつ象徴的と感じられるエピソードを取り上げたい。かつてイスラム教のモスクが破壊されたその土地にヒンドゥー教寺院が建設され、定礎式や奉献式にモディ首相が出席したのだ。そして、過去そこにあったモスクは、ヒンドゥー至上主義者たちが歴史修正主義にもとづいて破壊したものであった。この一件だけ見ても、いろいろなことが察せられるというものだろう。

 ある国や国民のイメージを一変させうるという点で、この本に危険性がないわけではない。その意味では、慎重にお読みいただきたい。ただ、嘘(うそ)や陰謀論ではなさそうだ。著者が偏向しているようにも感じられない。残念なことに。(中公選書、1980円)

読売新聞
2024年6月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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